『ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ』(前野 ウルド 浩太郎)

ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ

ウルド昆虫記 バッタを倒しにアフリカへ

学校図書館界隈で評判の高かった光文社新書の『バッタを倒しにアフリカへ』の児童書版が登場。一般向けの新書が児童書化されるのはかなり珍しいケースです。
バッタの大群に食われたいという常人には理解しがたい欲望を幼少期から抱いてバッタの研究者を志し、西アフリカはモータリアに旅立った著者による理系読み物です。メインのバッタの話など理系要素(わたしの印象に最も残っていたのはバッタではなくゴミダマの雌雄判別法だったが)はもちろん、郵便局で関税をだまし取られた話など文化的な話題、そして、ポスドクのつらみなど、様々な読みどころがあります。それなりの読書力のある子どもなら、なにかしらに興味を持って読む進めることができるはずです。
児童書版ならではの特色は、まずイラストです。本の見返しについている、バッタの大群のなかで虫取り網を構えるド太郎氏、緑色のスーツを着てバッタの大群の前に身を投げ出すド太郎氏のかっこいいこと。これでつかみは万全です。
そして、最大の特色は注釈芸です。理系の専門用語だけでなくいろいろな言葉に注釈が付けられていますが、そのニュアンスをつかんで平易に解説するセンスが抜群です。例えば、「的な」の説明として「100%の自信はないけど、なんとなくそうなんじゃないかなと思っているときに使う」、「殲滅」は「敵を全てやっつけることをカッコよく言うときに」といった具合。
その注釈芸が爆発するのが、100ページ前後にある、砂漠における排泄の問題という高度に学術的な話題に触れたパートです。ここだけ注釈の量が明らかに増え1ページの半分ほどを占めるようになります。この問題に対する著者の熱量の高さが伝わってきます。

『俳句ステップ!』(おおぎやなぎちか)

クラスでどのグループにも属しておらず、特に秀でたところもなく目立たない小3女子七実には、俳句というひそかな趣味がありました。遠足のときにクラスのはなやかグループのリーダー清花さんがさるに帽子を取られたのを見て、「さる山のさるにとられた春ぼうし」という俳句をつくり、メモ帳に書きましたが、特に誰にも発表しませんでした。ところがその俳句が応募した覚えもないのに市の〈子ども俳句大賞〉で大賞を獲得します。しかも、その作者はクラスの優等生グループのリーダーの早知恵さんだということになっていました。俳句を盗まれたのは不本意だけど、本当の作者が自分だということがばれるとはなやかグループににらまれることになるので怖い、どっちに転んでも七実がいやな思いをするという事態に追いこまれてしまいます。
導入部の状況には、かなり地獄感があります。が、作品はそれほど暗い方向には転びません。このあと語り手が早知恵さんに交代し、彼女の方にも悪意があったわけではなく不幸な事故の積み重ねでこういう事態に至ったのだということがわかります。
早知恵さんは基本的にまじめタイプですが、自分が泥棒扱いされることに激怒して七実を困らせるような年齢相応の未熟さも持っています。そして、まじめな子扱いされることに窮屈さも感じています。
七実七実で、劣等感に悩まされています。特別深刻なわけでもない等身大の悩みですが、当人にとっては大問題です。そんな悩みを抱えたふたりが、俳句という表現の活動を通していつもと違う自分を発見し、自分や世界のことをちょっとだけ好きになります。
この事件でふたりが大きく成長したわけではありませんし、ふたりの距離が劇的に縮まったわけでもありません。しかし、ここで描かれたささやかな変化は、非常に尊いものです。とても好感度の高い作品でした。

『ハジメテヒラク』(こまつあやこ)

ハジメテヒラク

ハジメテヒラク

綿野あみは、小学校時代に他人の恋愛沙汰に関して口が滑ってやらかしてしまい、学校で完全に孤立してしまいました。クラスの輪に入れないあみは、競馬の実況アナウンサーを目指して家出をして一時的にあみの家に居候をしていた従姉の早月ちゃんの影響で、脳内実況を趣味にするようになります。中学受験をして自分を知る人のいない中高一貫校に入ってからも、その趣味は続けていました。ところが、高2の生徒会長ジョウロ先輩に脅迫されて、半強制的に生け花部に入部させられてしまいます。
脳内実況は、世界に身の置き所のない人間が世界の外側に出るための知恵です。一方で、応援というかたちで世界に参加するという面も持っています。
のほほんと部活をしていればよかった生け花部も、後半は負けられない戦いに巻きこまれます。生け花部がお世話になっている花屋が閉店することになりました。この花屋でジョウロ先輩の思い人が働いていたので、恩返しのために文化祭での入賞を目指そうということになります。あみはまたも他人の恋愛沙汰に巻きこまれることになり、同じ失敗を繰り返さないようにするという試練が与えられます。ここであみは、生け花ショーの実況を任されます。さまざまな要素を収束させ終盤の盛り上がりにつなぐ構成力はみごとです。
講談社児童文学新人賞受賞『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』に続くデビュー後第1作。まだ2作しかありませんが、すでに複数の顕著な長所を持つ作家であることを証明しています。
ひとつは、すでに指摘した構成力。ひとつは、多様性や多文化共生を当たり前のように描く描いていること。
そして、もっとも大きな長所は、言葉への愛です。『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』にしても『ハジメテヒラク』しても、聞き慣れない言葉のタイトルで読者の興味を引きつけてくれます。これはけっして知識をひけらかしているわけではなく、素朴に言葉をおもしろがる感性のなせるわざなのであるということは、作品を読めばわかります。
プレーンで良質なYAをものす実力があることはよくわかったので、次はもっと違う趣向の作品を読んでみたいです。

『24時間のキョーフ 3 真昼のキョーフ』(日本児童文学者協会/編 軽部武宏/絵)

真昼のキョーフ (24時間のキョーフ)

真昼のキョーフ (24時間のキョーフ)

  • 発売日: 2020/09/04
  • メディア: 単行本
もしも、食や料理をテーマとしたホラー短編アンソロジーを編むとしたら、どんな作品を入れたいでしょうか。「注文の多い料理店」「特別料理」「定年食」「新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け」、小説だけでなくまんがも入れるなら、「にんじん大好き!」とかも……。なにが言いたいかというと、この本に収録されている森埜こみちの怪談ショートショート「知りたいは、いけない?」は、上に挙げた作品群と比べても遜色のない傑作であり、もし美食怪談アンソロジーを編むならば必ず入れなければならない作品であるということです。
「知りたいは、いけない?」は、森の動物たちのレストランが舞台のお話。ここには「目をつぶって、こころのなかで注文する。」「おいしいにおいがしたら、目をあける。」「ほかのだれかが注文したときも、においがするまで目をつぶる。」というルールがありました。そうすればこころのなかで想像するだけで絶品のごちそうにありつけることになっていました。ところがきつねとくまが料理が出る瞬間にはなにが起こるのだろうと疑問を持ってしまい、その様子を外から覗いて報告するようにカラスに依頼しました。
この手の話のパターンとしては、食材や料理法のおぞましさに読者の興味が集中するものです。ところがまさかあんなことになり、予想外の方向から防御不可能の攻撃を受けることになるとは……。
童話調の優しい語りが徐々に不吉さを高めていって、最後はジェットコースターのように猛スピードで落としてくれます。アイディアも構成も語りも、すべての面で満点の作品です。
なにがたちが悪いって、このアイディアは童話のかたちでないと処理が難しいんですよね。それをうまく利用してここまで邪悪な作品を仕上げるとは。森埜こみちのこれまでの作風からはなかなか想像しがたい作品だったので、感服するばかりでした。

『世界とキレル』(佐藤まどか)

世界とキレル

世界とキレル

小学生時代は優等生だった舞は、難関の中学受験に成功します。しかし入学後は周囲の子との階級・能力の格差に絶望し、落ちぶれてスマートフォンに依存してしまうようになります。そんな舞を心配した母親は、従姉の美少女の鏡花ちゃんも巻きこんで舞をだまし、スマートフォンを取り上げるサマースクールにぶちこみます。
少人数の子どもを隔離し外部との通信手段を奪う、これは洗脳するには絶好の環境です。しかもこのサマースクールでは、ジャンクフードも取り上げて健康にいいとされる食品を摂取させます。さらに、メンバー同士で悩みを告白しあうイベントも強制。知識のある大人が読めば、なんとかセミナーの手口のようにみえてドン引きすること間違いなしです。
最終的に舞は、都会に戻って仲間と「うるさいねえ」「なんか臭いねえ」と言いあうまでにできあがってしまいます。怖い怖い怖い。児童文学としては珍しい方向性のホラー作品でした。
教訓:外部との連絡手段を奪おうとする人は信じちゃダメ。カルトには絶対近寄らないようにしよう。

『サンドイッチクラブ』(長江優子)

サンドイッチクラブ

サンドイッチクラブ

だって、おばあちゃんが言っていた。『なにか悪いことが起きたとき、うちみたいな貧乏で不幸な家族が真っ先に殺されたり、難民になったりする』って。今、世界中で苦しんでいる人たちは、明日のあたしなんだ。だから、あたし、日本を出てアメリカに行きたい。大統領になって世界を変えたい!」

特に目標もやる気もないのに中学受験のための塾通いをしている桃沢珠子の物語。個別指導の塾で彼女に割り振られた部屋には、よく砂が散らばっていました。珠子の前には羽村ヒカルという子が入ることが多かったので、その子が犯人であろうと思いひそかに「妖怪砂かけババア」と呼んでいました。ヒカルは成績はいいものの、入学式に防災ずきんと防毒マスクを持ちこむなどの数々の奇行で知られる有名人でした。珠子はなりゆきでヒカルの趣味のサンドアートの手伝いをすることになり、ハムとタマゴのサンドイッチクラブを結成します。
なにより注目すべきは、羽村ヒカルというキャラクターの魅力です。彼女は亡くなった祖母から戦争体験を語られていて、その恐怖を植え付けられていました。しかし祖母の死後、そもそも祖母は戦後生まれで祖母の話はでたらめであったことがわかり、祖母の影響を受けつつも同時に激しい不信感も抱くようになりました。ヒカルは祖母から、かなりやっかいな呪いをかけられています。祖母の影響と、本人の生来の空気の読めなさが相まって、正義感からアメリカ大統領を目指す彼女は学校では独裁者呼ばわりされ孤立しています。
主人公の珠子はそんなヒカルにすぐ魅了されてしまいます。珠子はなかなかの詩人で、ロマンチックな言葉でヒカルの輝きをうたいあげます。ヒカルの前世はチーターであろうと思い、その野生味を賛美したりします。ヒカルの言葉にとろけそうになったときは、「やだなぁ、アップルパイになっちゃうよ」と激甘な台詞を吐く始末。このあつさには、あてられてしまいます。

珠子はそんなヒカルやほかの登場人物たちの影響で、なんの夢も持たない自分に悩むようになります。ここにある問題意識は、高部大問の『ドリーム・ハラスメント』で論じられているものと共通するものがあるように思われます。現代の大人は、早く夢を見つけてその実現に向けて努力せよと子どもを追い立てています。でも実際はそんなのは無理で、子どもに無駄な負担をかけるだけの結果になっています。
珠子は受験相談会で、「世界にはばたくリーダーとなれ」というキャッチフレーズを掲げる学校の担当者に、「わたしは将来なにになりたいのかわかりません。(中略)リーダーには向いてないし、ムリだと思うし……」と素直な気持ちを吐露します。担当者は、このキャッチフレーズは大企業の社長になれなどと具体的なこと言っているわけではなく、進路について考えるためのきっかけの種をまきたいのだと説明します。珠子はこの説明に感化され、そこを志望校に決めました。
いや、そういう意図だったらふわっとしたキャッチフレーズで子どもを混乱させないで、はじめからはっきりそう説明しやがれと思ってしまいます。が、結論としてはこの作品は夢で子どもを追いつめる方向にはいかなかったので、現代に必要な見識を示したものと思われます。

『保健室経由、かねやま本館。2』(松素めぐり)

保健室経由、かねやま本館。2

保健室経由、かねやま本館。2

傷ついた中学生のための期間限定の湯治場「かねやま本館」で、チバはアツという無二の親友を得て、ふたりで「紅白温度計」というお笑いコンビを結成しました。ところがアツは、「かねやま本館」のルールを破り、のぞくとここでの記憶を失ってしまうといわれている紫色の暖簾をくぐって消えてしまいました。髪を赤く染めていて陽気にふるまうアツには学校で完全に孤立している自分と違いそれほど深刻な悩みはないと思っていたチバは、彼の本心を探るため彼が遺した『オレ様のネタ帳』というタイトルのつけられた赤いノートの記述を追っていきます。
山姥のようないでたちの養護教諭がいざなう地下の湯治場を描いた第60回講談社児童文学新人賞受賞作『保健室経由、かねやま本館。』の続編が早くも登場しました。
2巻にして早くも作中ルールを破り、定石を外すという思い切った展開に驚かされます。作中には喪失感が漂い、親友の不在のみが物語を駆動させていきます。遺されたノートを読むことで親友の秘密を徐々に知っていくという構成が巧みで、作品は終始読者の感情を揺さぶり続けます。
そして、チバの「かねやま本館」の滞在期間が切れてからの物語の加速度で、さらに読者は殴られます。時間経過があまりに早いので、それからのチバの世界にはアツへの思いしか存在しないかのように錯覚させられ、その感情の激しさに打ちのめされてしまいます。
この作品に関しては、エモの強さに屈服させられたとしか感想のいいようがありません。強いBL児童文学として語り継がれる作品になりそうです。