「おりの中の秘密」(ジーン・ウィリス)

おりの中の秘密

おりの中の秘密

 主人公のトムは言葉が話せないため、手話でしかコミュニケーションをとることができません。手話のできない周囲の人はトムが何をいっているのか理解できないので、トムを一人前の人間としてあつかいません。そのためトムは、言葉を話さない動物と一緒にいることを好むようになり、動物園に入り浸ります。そこで彼は、ゴリラのサンジが手話を使えるということに気づいてしまいます。
 コミュニケーションの問題が即差別に結びつくという問題提起をしている作品です。あらゆる事情でコミュニケーションの手段を持たない人間は必然的に弱者にされてしまいます。そういう人間がいかに不利益を受けていても多くの人間にとってはどうでもいいこと、簡単に黙殺されてしまいます。そういった弱者は、まずマジョリティに通用する言葉を獲得しない限り差別との闘争を始めることすらできません。
 話を具体的に唖者の問題に移しましょう。手話ができない人間が唖者を理解しようとする時、もっとも効率的かつ無責任な方法は、そもそも唖者にはコミュニケーションするに足る人格などないのだと決めつけて切り捨てることです。これがトムが置かれた状況です。そう考えればマジョリティである発話できる人間の地位が脅かされることはありません。しかし極端なことをいってしまえば、すべての人間が手話をできるようになれば唖者は障害者ではなくなります。こう考えると、問題は唖者の側だけにあるとはいえません。でも、そういうことには目をつぶっていた方がなにかと楽だから、この話にあるように障害者は不当に侮蔑されることになります。
 動物が手話を使うというファンタジーが、マイノリティが声を上げることの困難さをあぶり出しています。短いながら考えさせられる作品でした。