ゼロ年代児童文学のキーワードは「YA化」と「ライトノベル化」です。といってもこれはゼロ年代に始まったものではありません。90年代に方向付けられた流れがゼロ年代に定着したものと理解するべきでしょう。今回は90年代を代表する児童文学作家森絵都を中心に、90年代からゼロ年代にかけてのYA化の流れを整理したいと思います。
森絵都
森絵都は1990年の第31回講談社児童文学新人賞受賞作となった「リズム」でデビューしました。同作品は新人の第一作のみを選考対象とする椋鳩十賞も受賞。その後も94年の「宇宙のみなしご」で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞、96年の「アーモンド入りチョコレートのワルツ」で路傍の石文学賞を受賞、98年の「つきのふね」で野間児童文芸賞を受賞と華々しい受賞歴を誇り、90年代児童文学界の主役として君臨しました。そして98年の「カラフル」の大ヒットが、児童文学YA化の流れを決定づけたブレイクスルーとなりました。
森絵都作品の特徴は以下の通りです。
- 鋭い感性を秘めながら軽妙な共感を得やすい文体(一人称であることが多い)。
- 思春期の自意識の問題や、人間関係やコミュニケーションの問題がテーマとされることが多い。
森絵都以後
さて、2002年に完結した「DIVE!!」以降森絵都は児童文学から離れ、活動の場をメインストリームに移しました。森絵都が児童文学界から去った後は、魚住直子、梨屋アリエ、草野たき、笹生陽子といった、森絵都以後の講談社児童文学新人賞出身の女性作家がゼロ年代の主役となりました。彼女たちの作風は、上で挙げた森絵都作品の特徴と共通しています、森絵都作品の特徴はそのまま現代主流となっているYAの特徴であるといってしまうことも可能です。
児童文学の一般文庫化
児童文学のYA化で児童文学の幅は拡大し、それに伴い読者層も高齢化し、ゼロ年代には幅広い層に児童文学作品が受容されるようになりました。児童文学作品が一般向けの文庫に多数収録されるようになった動きが、それを証明しています。本稿の末尾に作りかけの年表を格納しておくので、それを参照してください。
角川文庫でこの動きの皮切りとなったのは、2002年の「800」(川島誠)でした。2003年には「カラフル」と並んで児童文学YA化のブレイクスルーとなったあさのあつこの「バッテリー」が角川文庫になり、メディアミックス展開され大ヒットしました。
森絵都作品は2005年の「アーモンド入りチョコレートのワルツ」角川文庫落ちに始まり、今では児童文学時代のほとんどの作品を文庫で読むことができます。角川文庫になった「DIVE!!」はやはりメディアミックス展開され、多くの読者を獲得しました。また、講談社児童文学新人賞出身作家の作品が講談社文庫に落ちる動きが2006年から始まり、今ではこのラインの作家の主要な作品は講談社文庫で読めるようになっています。
2005年に「ピュアフル文庫」という児童文学ともYAとも一般向けともつかない鵺的な文庫レーベルが登場したことも、この流れを象徴する事件として特筆しておくべきでしょう。
児童文学作家の一般文学賞受賞ラッシュ
児童文学的なものが一般層に受け入れられたことを証明する現象としてもうひとつ、児童文学作家の一般文学賞受賞ラッシュが挙げられます。2006年に森絵都が「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞を受賞、2007年には佐藤多佳子が「一瞬の風になれ」で本屋大賞と吉川英治文学新人賞を受賞しました。
さらに、児童文学プロパーではないが児童文学も書いている児童文学周辺作家も高い評価を受けていることも忘れてはなりません。2005年の角田光代の直木賞受賞や2006年の伊藤たかみ芥川賞受賞がそれに当たります。
まとめ 「日本YA作家クラブ」の誕生
以上、90年代からゼロ年代にかけての児童文学YA化の流れを追ってきました。そして最後にゼロ年代のYA化を締めくくる出来事として、2009年1月に石崎洋司、金原瑞人、梨屋アリエ、令丈ヒロ子が世話人を務めるYA作家、翻訳家の団体「日本YA作家クラブ」が誕生したことに言及しておかなくてはなりません。少し長くなりますが、日本YA作家クラブによるYAの定義を引用しておきます。
YA (わいえー) ってなに?
Young Adult ヤング アダルトは、「若い大人」という意味で使われている言葉です。12歳から19歳、中学生や高校生、大学生、いわゆるティーンの年代を指しています。
子ども向けに書かれた本が、おおまかに「児童文学」と呼ばれるように、「若い大人」の読者に向けて書かれた本を、おおまかに「YA」(わいえー)、「ヤングアダルト」と呼んでいます。YA小説、YA文学と呼ぶ場合もあります。
現在、YA図書は、YA独自の分類が確立しておりません。日本の書籍の分類方法には、「児童」と「一般」の区別しかないため、版元の判断で、児童書として扱われたり、一般書として扱われたりしています。
YA図書は、本のサイズや形態だけで分類されるものではありません。内容や装丁に関する決まり事や基準はありません。書店さんや図書館によっては、特定の出版社の文庫シリーズだけを集めたコーナーを「ヤングアダルト」と称する場合がございますか、それは現場の担当者さまの独自の判断によるもので、一般的な分類法ではありません。
(公式サイトより)
ここでは、年齢区分以外では(その年齢区分すら「おおまか」なのですが)、「YAは〜ではない」という消極的な形でしか定義を行っていません。「YAは〜である」という積極的な形での定義は提示されていません。私的な推測ですが、これは定義を怠っているわけではなく、ジャンルの枠を狭めないためにあえて厳格な定義を避けたのではないかと思います。YAを開かれた可能性に満ちたジャンルとして開拓していこうという意志が推察されます。さて、これから児童文学の概念はどこまで拡大し、どんな魅力的なYA作品が生まれるのか、次の動きが期待されます。
そのうゼロ年代のもうひとつの流れである「ライトノベル化」についても簡単にまとめたいと思います。
児童文学・YAの文庫化に関する年表(作りかけ)
()内は単行本の出版年・出版社
2002年
「800」川島誠 角川文庫(1992年 マガジンハウス)
2003年
「セカンド・ショット」川島誠 角川文庫(1985 国土社「電話がなっている」等)
「りかさん」梨木香歩 新潮文庫(1999年 偕成社)
「バッテリー 第1巻」あさのあつこ 角川文庫(1996年 教育画劇)2005年
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」森絵都 角川文庫(1996年 講談社)
「夏のこどもたち」川島誠 角川文庫(1991年 マガジンハウス)
「The manzai 第1巻」あさのあつこ ピュアフル文庫(1999年 岩崎書店 2004年 ジャイブ)*1
「つきのふね」森絵都 角川文庫(1998年 講談社)