ゼロ年代ファンタジー児童文学10選

タイトル通りの内容です。個人的な好みを優先させたランキングになっているので、そこのところはご了承ください。なおシリーズものに関しては、90年代にまたがっているものや、まだ完結していないものもあることをお断りしておきます。

精霊の守り人 (偕成社ワンダーランド)

精霊の守り人 (偕成社ワンダーランド)

これに関しては説明の必要はないでしょう。1996年から始まり2007年に完結した現代日本を代表するファンタジーシリーズです。上橋枠はこちらにするか「獣の奏者」にするかだいぶ悩んだのですが、「獣の奏者」はファンタジーとみるよりも生物兵器テーマのSFとしてみた方がおもしろいんじゃないかということに思い至り、こちらを選ぶことにしました。
妖界ナビ・ルナ (1) 解かれた封印 (フォア文庫)

妖界ナビ・ルナ (1) 解かれた封印 (フォア文庫)

ゼロ年代ファンタジーを語る上で、ライトノベル児童文学を外すことはできません。「妖界ナビ・ルナ」は児童文学ライトノベル化の記念碑といえる人気作です。第一期は2004年に始まり2007年に完結。2009年12月現在第二期三巻(?途中で出版社が替わったので扱いがよくわからない)まで発表されています。
大人からは叩かれたり無視されたりしましたが、それは人気作の宿命ですからむしろ勲章だと思うべきでしょう。「ナビ・ルナ」を叩こうと思えば、「ハリー・ポッター」へ向けられた批判を流用すればだいたい事足ります。しかし、それだけで切り捨てることのできない魅力がこのシリーズにあることもまた事実です。
シェーラひめのぼうけん 魔神の指輪 (フォア文庫)

シェーラひめのぼうけん 魔神の指輪 (フォア文庫)

現時点でライトノベル児童文学の最高傑作はこのシリーズです。第一期は1997年に始まり2002年に完結、第二期は2003年に始まり2007年に完結しました。アラビアンナイト調の国の怪力お姫様が、魔法で石にされた父王を助けるために悪の魔法使いと戦うお話です。この作品の特筆すべきポイントは、エンタメとしての完成度の高さです。話の転がし方やキャラクターの配置が計算し尽くされていて、村山早紀の至高の職人技が楽しめます。さらに、東洋的なアニミズム思想を取り入れた宗教小説としてもハイレベルな作品になっています。ライトノベル児童文学のハイ・ファンタジーの代表を「シェーラひめ」とするなら、エブリディ・マジックの代表はこの「黒魔女さんが通る!!」だといえましょう。
ちょっとした手違いで黒魔女の弟子にされてしまった小学5年生チョコの苦難の日々が語られる、スラップスティック学園コメディです。2005年にスタートし、2009年12月現在11巻まで出ています。21世紀の児童文学でエブリディ・マジックをどう機能させるかという課題に、躁病的な祝祭的空間を作り上げてテンションの高さで押し切るという方法論で応えています。
忍剣花百姫伝〈1〉めざめよ鬼神の剣 (Dreamスマッシュ)

忍剣花百姫伝〈1〉めざめよ鬼神の剣 (Dreamスマッシュ)

こちらもライトノベル児童文学です。2005年スタート、おそらく本年中に最終七巻が発売されるものと思われます。昔の講談本を彷彿とさせる、かっこいい忍者たちが大活躍する娯楽大作として読むだけでも充分楽しめます。しかし、中盤から忍術で忍者たちがタイムスリップするようになると、円環構造というかクラインの壺のようというか複雑な構造の物語になってきて、どんな方向に行くのが先が読めないシリーズになっています。
月神の統べる森で

月神の統べる森で

ゼロ年代には「忍剣花百姫伝」の他にも、日本の歴史もののファンタジーが多数登場しました。荻原規子が「勾玉三部作」で80年代から蒔き続けてきた種が、90年代後半あたりから一気に花開いたといえそうです。
たつみや章の「月神」シリーズは1998年に始まり2001年に完結しました。縄文時代から弥生時代へ移りかわろうとする激動の時代が舞台。人間の傍らに自然に神々が同居しているアニミズム的な設定の元で、月の神を信奉する人々と日の神を信奉する人々の文化的、宗教的衝突が骨太に描き出されています。
えんの松原 (福音館創作童話シリーズ)

えんの松原 (福音館創作童話シリーズ)

平安時代の宮中が舞台。怨霊に苦しめられてる東宮と、彼の手助けをしようとする女装少年音羽の物語です。なぜ宮中にあるのか判然としない「えんの松原」という空間も物語のもう一方の主人公となっています。アイデンティティジェンダーや歴史の忘却などの様々な重いテーマに踏み込みつつ、最終的に怨霊を忘却防止装置として解釈してみせた野心作です。
その他にも、少年時代の北条時行を主人公とした時海結以「コウヤの伝説」や、斬新な安倍晴明像を作り上げた三田村信行「風の陰陽師」など、ゼロ年代は歴史ファンタジーの秀作が目立ちました。
水の精霊〈第1部〉幻の民 (teens’ best selections)

水の精霊〈第1部〉幻の民 (teens’ best selections)

さて、そうした歴史を背負いつつ、現代日本を舞台にしたファンタジーがどうなっているかというと、こんな問題作が生まれています。このシリーズは、2002年に始まり2004年に全四冊で第一部完となりました。第二部は今のところ出ていません。
セゴシという流浪の民の末裔の少年が世界を浄化する超能力に目覚めるストーリーと、少年を教祖に祭り上げてオカルトで世直しをしようとする老人が暗躍するストーリーが平行して語られます。本の半分ほどは膨大な蘊蓄を垂れ流して神道をベースとしたオカルト思想を語ることに費やされており、その熱量は生半可なものではありません。作中で語られるオカルト思想にはわたしは一切賛同できませんが、思索小説の面と娯楽小説の面を両立させている稀有な作品であることは確かなので、もっと語られていい作品ではあると思います。
みかえり橋をわたる

みかえり橋をわたる

こちらも「日本」を背負った作品ですが、扱いは「水の精霊」とだいぶ違います。きつねが人を化かすような伝承が今までも生活の中で生きている村が舞台です。この村は川で囲まれていて、唯一の橋みかえり橋を通らないと外に出ることはできません。こんな田舎で老人クラブが人助けをする話が展開されます。と、表面上はぬるい話なのですが、水面下で語られているのは村民を村に閉じ込めようとする旧世代と、外に出ようとする新世代の戦いです。
この戦いは村に伝わる伝承を武器として展開されます。伝承を改変し再解釈することによって自分に都合のよい物語を作り上げた方が、みかえり橋という境界(もちろん橋が「境界」であるという月並みな解釈も虚構でしかありませんが)を自由に操る力を手にすることになります。この作品では「日本」や「伝統」などというものはフィクションで、いくらでも作り替えることのできる道具に過ぎないと捉えられています。
十三月城へ エゼル記

十三月城へ エゼル記

以上順位は付けずに紹介してきましたが、最後に取り上げるこの作品がゼロ年代のベストであることだけは断言しておきます。
ストーリーは至ってシンプルです。舞台は十三月城という所在を知る人のいない城に隠れ住む暴君太陽王が強大な魔力で支配する世界。太陽王と戦うことを宿命づけられた少年エゼルが、太陽王を倒す方法と十三月城を探索しながら諸国を遍歴する物語です。
しかしシンプルななかに必要な素材はすべて揃えられています。剣と魔法、怪物、奇妙な建造物、森、迷宮、そして光と闇ならぬ太陽の光と月の光の戦い。しかもこれらの素材はすべて最高級品で、濃密な読書体験を保証してくれます。精緻な工芸品のような逸品です。

おまけ 復刊作品

ゼロ年代から始まった現象として、ネット上の口コミが力を持つようになり、多くの埋もれていた傑作が復刊され再評価されるようになったことは特筆しておくべきです。この現象を主導したのが復刊ドットコムであったことはいうまでもありません。ゼロ年代に復刊されたファンタジーも簡単に復習しておきます。

オレンジ党と黒い釜 (fukkan.com)

オレンジ党と黒い釜 (fukkan.com)

一番話題になったのは、天沢退二郎作品の再評価でしょう。彼の児童文学ファンタジーは長らく入手難でしたが、いまではすべてブッキングで復刊されています。
童話・そよそよ族伝説〈1〉うつぼ舟

童話・そよそよ族伝説〈1〉うつぼ舟

ピカピカのぎろちょん (fukkan.com)

ピカピカのぎろちょん (fukkan.com)

別役実の「そよそよ族伝説」三部作、佐野美津男の「ピカピカのぎろちょん 」もブッキングから復刊されました。ブッキングからの復刊作品は、トラウマ系のアンダーグラウンドなファンタジーが多いのが特徴です。
少年八犬伝 (名作の森)

少年八犬伝 (名作の森)

1988年の「少年八犬伝」は大幅な加筆をほどこしたリメイク版が理論社から出ました。
真実の種、うその種 (ドーム郡シリーズ)

真実の種、うその種 (ドーム郡シリーズ)

80年代に福音館土曜日文庫で出ていた「ドーム群」シリーズの二作が小峰書店から復刊され、さらに新作「真実の種、うその種」が2005年に発表され三部作として完結しました。「真実の種、うその種」はゼロ年代のベスト10に入れたかったのですが、第一部と第二部が出たのが80年代なので、ゼロ年代のものとして語るのは無理があろうかと思い外しました。