「どろんころんど」(北野勇作)

どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)

どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)

福音館書店の10代向けSFレーベル「ボクラノSF」の第三回配本、レーベル初の書き下ろし作品です。これが商業的に成功すれば、ハヤカワJAやJコレで活躍しているような今が旬のSF作家の書き下ろし作品が今後続々と登場するはずです。そうすれば、ミステリ界における講談社ミステリーランド」や理論社「ミステリーYA!」のように、若い読者にとってはジャンル小説への入り口となり、かつ大人の読者も楽しめる素敵なレーベルになることは間違いありません。SFを愛するみなさん、SFの未来のためにどうかこの本を買い支えてください。
長い休止モードから目覚めた少女型人工知能セルロイド人形のアリスが主人公。彼女の使命はカメ型の子守りロボット(レプリカのカメで「レプリカメ」)の万年1号の宣伝ショーをすることでした。ところが長い眠りの間になぜか人間がどこにもいなくなってしまい、肝心の観客を集めることができません。外に出てみると世界は泥の海になっていました。変わり果ててしまった世界で人間を見つけ使命を果たして新しい指令を得ようと、アリスは万年1号を伴って冒険の旅に出かけます。
北野勇作のキャラクター造形力は突出しています。ファンにはおなじみのレプリカメは、寡黙だけど要所要所で渋い活躍を見せてくれます。人間が消えた後の世界には、泥人形のような「ヒトデナシ」が生息していした。彼らは人間を呼び戻すために人間のやることを模倣しているのですが、全てがずれていて笑わせてくれます。信号と道路だけ造って、まだ車は造っていないのに律儀に信号を守るといった具合。その上彼らは、変形合体して駅や電車に変身する愉快な能力まで持っているのです。
多くの北野勇作作品では、背景でなにか取り返しのつかないことが起こっているようなのですが、それが明確に説明されることはあまりありません。戦争の影もちらつきますが、それもなかなか前景化しません。でも、取り返しのつかないことが起こってしまった世界も適当にゆるゆるとまわっています。そんな様子をユーモアと叙情でくるんで描き出すのが北野勇作作品の味です。この作品も、取り返しのつかないことが起こってしまって人の造ったものだけが活動している世界の寂寞感の中で、彼一流のユーモアと叙情が存分に発揮されています。それでいて、ストレートな少女の成長物語(人間じゃないけど)として落とし込んでいるところも憎いです。
祖父江慎によるブックデザインのすばらしさについても触れておかなくてはならないでしょう。白を背景にタイトルとキャラクターとチョコレート色の泥の海を効果的に配置した表紙が目を引きます。タイトル部分は立体になっていて、見るだけでなく触っても楽しい本になっています。手にとってぱらぱらとめくってみると、物語と文字とイラストが自由にダンスをしているさまが目に飛び込んできます。本でできる遊びをやりつくしています。