2011年の児童文学

ヤングアダルトの範囲を活字以外の作品にも拡張するなら、2011年最高のヤングアダルト作品は、幾原邦彦監督のTVアニメ『輪るピングドラム』になります。幾原邦彦は、社会から見捨てられた子供たちがこどもブロイラーという工場のような場所で透明な存在にされるという設定で、子供の置かれている状況に対する厳しい認識を示しています。しかし、その中で生き抜くための力強い励ましを作品に込めていました。
90年代の幾原作品『少女革命ウテナ』で叫ばれていた「世界を革命する力」は、もはや子供たちから奪われてしまい、『輪るピングドラム』のキーワードは「生存戦略」になっています。では、厳しい現実の中で「生存戦略」に明け暮れる子供たちに児童文学はどのような指針を示すことができたのか、2011年の児童文学を振り返ってみましょう。

孤児が居場所を求めて奮闘するというテーマは児童文学では古典的なものですが、この作品では世相を反映して、たったひとつの就職口を求めて少女たちが争う話になっています。世俗的な言い方をすれば、就活なんかやめてしまって、自分の才覚で起業しろというメッセージをこの作品から読み取ることができます。
就活という与えられたルールを否定していることがこの作品の肝です。勝利条件がルールの否定であるという話は、児童文学では岡田淳が得意としていますが、『古城ホテル』の成果はそれを就活という世俗的な次元の問題に引きずり降ろしたことです。ただし、勝利を実現するためにはあくまで個人の才覚が必要であるというところに限界はあります。
クリーニングのももやまです (おはなしルネッサンス)

クリーニングのももやまです (おはなしルネッサンス)

この作品の主人公は、居場所を求めるために職業倫理を捨て犯罪に手を染めてしまいます。平然と倫理を逸脱するアナーキーさを持った、幼年童話らしい作品です。
十方暮の町 (銀のさじ)

十方暮の町 (銀のさじ)

自殺を防止するために連帯するボランティア集団の話です。連帯という彼らの「生存戦略」は、生きるためではなく、死なないためというところにまで後退しています。
カエルの歌姫

カエルの歌姫

深海魚チルドレン

深海魚チルドレン

こうした厳しい世の中では、マイノリティはさらに大きな困難を背負わされているはずです。では、マイノリティとして生きていくためにはどのような「生存戦略」が必要なのか、講談社児童文学新人賞出身の期待の若手ふたりが正反対の指針を示しているのが興味深いです。
『カエルの歌姫』は両声類というかたちで「女装」する性的マイノリティの「少年」が主人公です。「彼」は、覆面アイドルとして活動し、自らの存在を虚構化するという戦略をとり、マジョリティの中に入っていこうとしました。
『深海魚チルドレン』は世間で支配的な価値観から外れた少女が主人公です。彼女は母親を含めたマジョリティから逃走する道を選びます。逃走という選択は批判を呼びそうですが、この作品では身体的な問題により逃走せざるを得ない状況をつくり、批判をあらかじめ封じているのがうまいです。
あの日、ブルームーンに。 (teens' best selections)

あの日、ブルームーンに。 (teens' best selections)

真夜中のカカシデイズ (ティーンズ文学館)

真夜中のカカシデイズ (ティーンズ文学館)

マイノリティというほどではなくても、コミュニケーションの苦手な子供にとっては、人の中でどう生きるかというテーマは大きな問題です。同時期に発表されたこの宮下恵茉の2作品は、ひとつは女子を主人公とする初恋物語で、ひとつはひきこもり男子を主人公とするホラー風味の物語と、外見は全く違いますが、実は話の骨格はほとんど同じです。どちらも、友達をつくることが不得意な子供が運良く仲良くなれそうな相手を見つけて努力して関係をつくったのに、自分の力ではどうしようもない事情で関係が壊れてしまうという、夢も希望もない話なのです。努力には限界があるという現実を直視させる厳しさを見せながらも、宮下恵茉はコミュニケーションの苦手な子供の気持ちに丁寧に寄り添おうとしています。この厳しさと優しさのさじ加減が見事です。
オレンジ党 最後の歌 (fukkan.com)

オレンジ党 最後の歌 (fukkan.com)

さて、最初に紹介した『輪るピングドラム』は、宮澤賢治の影響を多大に受けていた作品でした。ここで、詩人で賢治の研究者としても有名な暗黒ファンタジー作家天沢退二郎が、およそ30年ぶりに発表した、オレンジ党シリーズの新作に触れないわけにはいかないでしょう。ピングドラムが賢治の苹果だとするなら、鳥の書がオレンジ党シリーズにおける苹果なのでしょうか。
新作は、直截な言葉を使うことで奇形的な寓意に満ちた前三部作を解体したかのようにみせながら、想像を絶する恐るべき結末を導いてしまいました。この作品が2011年の児童文学のベストであることは間違いありません。
小公女 (福音館古典童話シリーズ 41)

小公女 (福音館古典童話シリーズ 41)

『オレンジ党 最後の歌』では、〈物語の力〉が強調されていました。ここで古典に立ち返ってみるのもいいでしょう。福音館古典童話シリーズから、高楼方子の上品な文章で、新訳『小公女』が刊行されていました。
もはやセーラ・クルーの没落は遠い昔の遠い外国のこととは思えません。多くのものを失ったセーラ・クルーの友となったのは、やはり〈物語〉でした。〈物語の力〉は子供の「生存戦略」の要になるのでしょうか。