どっこいジュヴナイルSFは生きていた―21世紀ジュヴナイルSF必読ガイド30選(後編)―

どっこいジュヴナイルSFは生きていた―21世紀ジュヴナイルSF必読ガイド30選(後編)

メニメニハート

メニメニハート

前編のはじめに紹介した『ぼくのプリンときみのチョコ』と同じく、入れ替わりテーマのSF。心が部分的に徐々に入れ替わっていくというこれまた思い切った設定で、心と身体という難しいテーマに果敢に挑みました。
児童文学で入れ替わりテーマといえば、大林宣彦監督『転校生』の原作であることでも有名な山中恒の『おれがあいつであいつがおれで』です。『メニメニハート』の作者の令丈ヒロ子山中恒の弟子なので、彼女が入れ替わりテーマに挑戦したことは入れ替わりテーマのSF児童文学という非常に狭い世界では大事件でした。
「希望」という名の船にのって

「希望」という名の船にのって

正体不明の疫病が広まり、人類が滅亡の危機に直面した近未来の話、疫病から逃れるために船に乗り込んで旅をしている人々がいました。その第二世代で船の中しか知らない子供たちは、この船は宇宙船で新天地を探して旅をしているのだと聞かされていました。ところがそれは大人たちのついた嘘でした。真実を知った子供たちは、事態を打開するために行動を始めます。
絶望しか語っていなかった自身の短編「スターシップ・ドリーミン」を、希望の物語として子ども向けに語り直した作品。これこそ正統派のジュヴナイルSFです。
世界がぼくらをまっている! (わくわくライブラリー)

世界がぼくらをまっている! (わくわくライブラリー)

宇宙エレベーターをつくるために奔走するウサギの活躍を描いたSF童話です。ウサギが画策する宇宙エレベーター建造の手段が奇抜です。彼は世界を創造する能力を持った画家「田中さん」をけしかけて宇宙エレベーターを描かせようとしていました。
タフィー・トフィーと魔法の箱

タフィー・トフィーと魔法の箱

いいたいことはわかります。この幼女が箱詰めにされている表紙の本を書店の児童書コーナーで見つけたときは、わたしもさすがに引きました。しかし中身は健全ジュヴナイルです。
魔法弁護士タフィー・トフィーを主人公とする法廷小説。基本ファンタジーですが、ロボットの反乱が起きたり、『ミクロの決死圏』ごっこをしたりと、SFネタも豊富に仕込まれている楽しい本になっています。劇作家として有名な北村想による探偵小説。1996年スタートのシリーズですが、2002年に完結しているので、これだけずるをして21世紀枠に含めます。
背後の怪人におびえる少女を描いたいかにもこけおどしという感じの表紙や、読者に語りかける文体が、だいぶ昔の少年少女向け探偵小説を思わせます。主人公の夜明は実は改造人間で、ウラシマ効果とか五次元世界とかが絡む奇怪な事件に挑みます。全編に漂うB級臭がすばらしく、懐かしい雰囲気の娯楽読み物になっています。
何かが来た (21世紀空想科学小説 2)

何かが来た (21世紀空想科学小説 2)

小惑星2162DSの謎 (21世紀空想科学小説 4)

小惑星2162DSの謎 (21世紀空想科学小説 4)

最後に、昨年日本SF作家クラブ創立50周年を記念して刊行された「21世紀空想科学小説」の作品を紹介します。
『かめくんのこと』は、少年少女が二足歩行のかめについていって穴に落ち、奇妙な世界を旅するアリス物語。作品世界は北野勇作らしい寂寥感と世界の不確実さに対する不安で満ちていて、子どもには静かなトラウマを与えそうです。
東野司の『何かが来た』は、〈評議会〉と呼ばれる支配者階級と労働者階級が分断された生活を営んでいる地域で、子どもたちを取り残して大人だけがまるで別の何かと入れ替わったかのように変容してしまう物語。ディストピアSFとしても戦争児童文学としても質の高い作品です。終盤の展開が美しくも残酷で、これまた子どもに甘美なトラウマを刻みつける本になりそうです。
林譲治の『小惑星2162DSの謎』は、児童向けのハードSFとしてこれ以上のものは考えられないくらいの傑作です。宇宙飛行士が地下水があったり遺伝子が同じなのに形状の違う微生物がいたりする不可解な小惑星の謎に挑む物語。謎解きの過程が緻密で、予備知識のない子どもの読者のために適切なタイミングで説明を入れる配慮も行き届いており、読者の知的興味をぐいぐい引っ張っていきます。小惑星の正体と終盤の展開には度肝を抜かれるはずです。

おわりに

ということで、ジュヴナイルSFは浸透して拡散して消滅してしまった……わけはなく、浸透して拡散してどこにでも当たり前にある存在になっています。宇宙人も超能力者も未来人もサイボーグもミュータントもいるし、タイムマシンも宇宙船もロボットも終末もディストピアもあり、スペキュレイティブなものもあればおばかなものもあり、レトロ調のものもあればライトノベル調のものもある、実に多様で豊かな世界になっています。いまの子どもはこういう本を読んで育っているので、SFの未来は安泰です。








蛇足

僕の妹は漢字が読める (HJ文庫)

僕の妹は漢字が読める (HJ文庫)

ジュヴナイルSFテイストのライトノベルを選ぶなら、『僕の妹は漢字が読める』は必須では。障害を持つ兄のために世界そのものをゆがめてしまう妹の愛を描いたこの作品はバリアフリーSFの新機軸ですし、そこにジュヴナイル魂もあるはず。
不堕落なルイシュ (MF文庫J)

不堕落なルイシュ (MF文庫J)

幼なじみの女の子が処理されちゃうという出発点が川島誠な『不堕落なルイシュ』は、どこからどう見てもジュヴナイルSFです。
ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

ロクメンダイス、 (富士見ミステリー文庫)

30選の中に富士見ミステリー文庫作品がひとつも入っていない件も厳重に抗議したい。『食卓にビールを』か『ロクメンダイス、』を入れましょう。
雨の日のアイリス (電撃文庫)

雨の日のアイリス (電撃文庫)

タイム・スコップ! (一迅社文庫 す 2-1)

タイム・スコップ! (一迅社文庫 す 2-1)

それから、王道枠として松山剛作品とバカ枠として菅沼誠也作品をどれかひとつずつ加えるべきです。ただし、入れ替え戦をやるときに石川博品だけは絶対に落としてはいけません。
と、定義がわかりにくい「ジュヴナイルSFテイストのライトノベル」とやらを選ぶ方が議論を呼ぶと思うんですけど。