『ホテルやまのなか小学校』(小松原宏子)

ホテルやまのなか小学校 (みちくさパレット)

ホテルやまのなか小学校 (みちくさパレット)

物語は、やまのなか小学校最後の卒業式の場面から始まります。田沼ミナ(ミナ)・宇佐見はる子(うさ子)・今幸太(コンタ)、3人の6年生が卒業すると児童がいなくなり、卒業式終了と同時に廃校になります。ミナは、「『やまのなか小学校』は、いつまでもみなさんの学校なのです」という校長の式辞を、「ミナさん」と自分のことを言われているのだと勘違いしてしまいます。卒業後単身町に出たミナはたった3ヶ月で都会の生活に嫌気が差し、山に帰ってきます。そこで、小学校が自分のものになったのだということを思い出し、仲間の手を借りて小学校をホテルに改造し、ホテル業を始めます。
帰ってきたミナが小学校を占拠する様子がとても楽しそうです。ずっと座ってみたかった校長室のソファで遊び、保健室のベッドで誰にはばかることなく寝て、図書室の本も読み放題、給食室の設備も使い放題。なんでもそろっています。ヒトさえいなければ学校ってすごく居心地がいいんですね。
この作品、わざと読者を混乱させる書き方がなされています。たとえば、3人の卒業生が人間ではなく狐狸のたぐいであるということは、なかなかはっきりしません。カバーイラストや名前、山の動物たちが卒業生の家族や親戚であるという情報などからそれはほぼ確定ではあるのですが、明言されているわけではありません。
時間のスケールも混乱しています。ミナはホテル業、うさ子は実家の万屋、コンタは大工見習いと、3人は小卒でふつうに働いています。しかし、校長の言葉を勘違いしたミナだけ地の文で「ミナさん」と呼ばれるようになり、うさ子とコンタは呼び捨てのままなので、まるでミナだけが一足先に大人になったように感じられます。さらに、ホテルの客の前でうっかり口を滑らせて、小学校を卒業したばかりのはずのミナが人間の寿命を軽くこえる年齢であることも明らかになります。
やまのなかホテルは厄介な人間の客をふたり迎えることになります。この空間は時間が混濁しているので、人間は小学校で、ある種の生き直しをすることができます。現実にくたびれた人間の再生の物語として、よくできた設定になっています。