『真夜中の理科室』(岩本敏男)

1989年、PHP研究所より刊行。いままで口を利いたこともない同級生女子高林みずえからチョコのおまけのカード「霊界帝国」のレアカード〈くらやみの皇帝〉をもらった田原きよしですが、うっかり学校の理科室に忘れてきてしまいます。三時半くらいの時間、「ゆうぐれ色の風が吹いてい」る化学工場から学校に引き返してカードを探そうとしたきよしは、思いがけず悠久の時間をさまようことになります。
窓の暗幕がしまって真っ暗になってしまった理科室できよしに呼びかけたみずえは、思いがけない身の上話をします。実は自分は死者で、〈くらやみの皇帝〉にお願いして3年間だけ生き返る許可を得たのだということ。その3年間のなかで時間を飛び越えることができて、小学生になる前に死んだのにいまは4年生としてきよしと同じ学校に通っているが、ながくいすぎたから今度は中学校に行くことにしたので、姿を消すのだと。生と死の世界を乗り越えて、さらに時間すら自在に跳躍できるというわけのわからない設定をいきなり披露され、きよしも読者も困惑するばかりです。
〈くらやみの皇帝〉に憧れていたきよしはもともと死の世界に親和性が高く、そこをみずえに見込まれたようです。みずえが消えた後、今度は人骨の模型に話しかけられ、人類の先祖であったという類人猿ドリオピテクスについて講釈されます。ここでいきなりきよしは家族ごと太古の世界に転生してドリオピテクスとなり、吹雪のなか温かい場所に移住するために過酷な旅をする幻覚をみます。
100ページにも満たない作品で、作中時間は一瞬しか経過していないのに、途方もないスケールで物語は展開されます。生と死、数百万年という長い時間、そして種の壁すら越えた様々な跳躍をなしとげ、それをひとまとめにして語り上げる力業には驚嘆するしかありません。
イラストは井上洋介。あのタッチで描かれる理科室の標本たちには、なんともいえない迫力があります。骸骨の標本、ガラスびんに入ったよくわからない生き物、なんだかわからない魚、おそらくフクロウの剥製。陰影の入った化学工場も不気味だし、〈くらやみの皇帝〉や火球に襲われているピエロなどのカードの絵柄にもぞわぞわさせられます。このイラストも相まって、奇書度の高い児童文学となっています。