『少年少女奇想ミステリ王国1 西條八十集 人食いバラ 他三篇』(芦辺拓/編 大橋崇行/校訂)

1月に『あらしの白ばと 黒ずきんの巻』、6月に『怪魔山脈』、そして8月にこの『少年少女奇想ミステリ王国1 西條八十集』と、2018年は西條八十ジュヴナイルファンにとって嬉しい悲鳴の止まらない年となりました。
この本には、西條八十のぶっとんだ少女小説が4作も収録されています。
表題作『人食いバラ』は、以前ゆまに書房で刊行されたバージョンで読んでいる方も多いのではないでしょうか。貧しくも心清らかなみなし児英子は、大富豪の莫大な遺産を譲り受けるという僥倖を得ます。ところが、本来相続権を持っていた春美という少女が、一銭も遺産をもらえなくなってしまいます。この春美という少女は、むやみに生き物を殺めたくなるという悪い癖さえなければ完璧なお嬢様でした。かわいそうに英子は、春美に命を狙われることになります。
この作品のおもしろさは、なんといってもあの手この手で殺人を遂行しようとする春美のアグレッシブさにあります。主に生体兵器(婉曲表現)を駆使して自ら体を張って英子を殺そうとする春美の、なんと生き生きしていることか。悪の魅力に酔いしれてしまいます。
『青衣の怪人』は、不幸な少女千春が怪しい屋敷に雇われて、いろいろひどい目に遭わされる話です。味方はかしこい探偵少女の友子と、謎の青衣の怪人だけ。しかし、少女を守る怪人を不気味なカエル男にしているのは、時代なのか西條八十の趣味なのか……。
『すみれの怪人』の〈すみれのジョオ〉は、さわやか美青年の怪人です。主人公は少女ながら身の上相談の事務所を構えている町子。刑事部長のおじを助けて『黒い五本指』という大悪党たちと戦う探偵少女としての顔も持っています。〈すみれのジョオ〉はもとは『黒い五本指』の一員に数えられた悪党でしたが、いまでは町子を助ける正義の怪人となっていました。
町子は頭脳明晰な探偵ですが、悪党を前にすると警告もなしに拳銃をぶっ放すというバーサーカーぶりも発揮します。実に西條ヒロインらしい爽快な活躍をみせてくれます。
このおそるべきはじけた作品群のなかでも、突出したおもしろさを持つのが、『魔境の二少女』でした。大富豪の父高木徳三が結成したアマゾン探検隊の一員として、娘の小百合も危険な旅行に乗り出します。途中で出会ったフランス人少女ニコレットも仲間に加わり、波瀾万丈の冒険旅行が繰り広げられます。
ニコレットは百発百中の名スナイパーで、戦闘要員として頼もしい仲間となります。また、「娘大将」という大まさかりを操る大男のインディアン黒獅子も、大活躍します。しかし、旅の仲間でもっとも注目すべきなのは、コックの有田です。有田は臆病者で、シリアスな戦闘の場面でもギャグ要員として楽しませてくれます。それだけでなく、思わぬところで意表をつくアイテムとアイディアを出して探検隊を救ってくれます。難敵の化ゴリラを倒したあと、死体を剥製にしようとかわけのわからないことを言い出し、それがまさかのあんなファインプレーにつながるとは……。
秘境の風景が臨場感たっぷりに描かれているので、観光小説としても楽しめます。地底の川下りをしていると、おそいくる巨大な火柱、その炎が金ののべ棒か大きなハスの花のようなかたちになって落ちてくるという地獄風景。最近われわれは西條八十のことをすっかりヘンテコ少女小説作家だと思いこんでいましたが、そういえば彼は詩人でもありました。美しい情景描写はお手のものなはずです。
とにかく、どの作品もただただおもしろい。芦辺拓の精力的な復刊活動や実作*1起爆剤として、物語のおもしろさを追求した少年少女小説復権運動が広がることを願ってやみません。

*1:『スクールガール・エクスプレス38』『降矢木すぴかと魔の洋館事件』等