至高の百合児童文学作家・令丈ヒロ子を見よ

SFマガジン 2019年 02 月号

SFマガジン 2019年 02 月号

2018年の児童文学界の最大の事件は、劇場版『若おかみは小学生!』の大ヒットなどによって令丈ヒロ子が百合界に「発見」されたことでした。劇場版及びTVアニメ版の『若おかみは小学生!』は世界唯一の百合専門誌で3回も取り上げられ、「百合と異界は児童小説の伝統」をはじめとする令丈ヒロ子twitter上での発言も話題になり、年末刊行のS-Fマガジン百合特集号に令丈ヒロ子がエッセイを寄稿するというかたちでオチがつきました。
これは絶好の布教の機会なので、令丈百合児童文学の数々を紹介しようと思います。
好きって、こわい?

好きって、こわい?

令丈ヒロ子がガチの百合作家であることを手っ取り早く理解するためには、ホラーアンソロジー『好きって、こわい?』所収の短編「いちごジャムが好き。」を読むのが一番です。
自分に自信を持てないまゆらは、なぜか超美少女のミゼに気に入られています。まゆらはモジャ髪でミゼが黒髪ストレートなので、イラスト上はくみれいがいちゃついているように見えます。ミゼはまゆらの隠された能力を開発するためという名目で、いちごジャムを持ってお風呂に入り妄想をするようにという意味不明な命令を与えます。
まゆらは素直に情感たっぷりに同性への愛を表現するタイプで、お風呂ではお湯に落ちたいちごジャムをミゼに見立てて「大好きなミゼが、お湯にとけて、あたしを温めてくれている」とか「ミゼがお湯になって、あたしを包んでくれている」とか幸福な妄想を繰り広げます。
その場面からギャグなのかホラーなのかわからない意外なオチに導かれるのですが、結果的にふたりはある意味添い遂げることになるので、恋愛物語としてはたぶんハッピーエンドです。
メニメニハート (講談社青い鳥文庫)

メニメニハート (講談社青い鳥文庫)

現時点での令丈百合児童文学の最高傑作は、入れ替わりSFの『メニメニハート』です。『君の名は。』のヒット以前は、映画『転校生』及びその原作である山中恒の『おれがあいつてあいつがおれで』が男女入れ替わりものでもっともメジャーな作品でした。令丈ヒロ子山中恒の弟子なので、弟子の令丈ヒロ子が入れ替わりSFを百合に変換し師匠へオマージュとして捧げたのが、この『メニメニハート』だということになります。
入れ替わるのは堅物女子のマジ子とゆるふわ嘘つき女子のサギノ、小学5年生の女子ふたりです。ふたりはお互いに憧れすぎるあまり、心身が徐々に入れ替わってしまいます。
入れ替わりものには、自分が自分でなくなってしまうという恐怖がつきものです。しかしマジ子とサギノは、大好きな相手になれるということにこの上ない喜びも感じてしまうのです。恐怖と喜びの相互作用でエモさは極限まで高まっていきます。
ダブル・ハート

ダブル・ハート

入院中の由宇の前に、自分とそっくりな女子が現れます。名門女子中に通っているまじめ人間の自分とは正反対の奔放な性格の女子に振り回され、由宇の生活は混乱していきます。
由宇は女子の正体を生まれてくる前に死んでしまった双子の妹の幽霊だと思っていました。しかしその正体は由宇自身のドッペル的なものであることがわかってきます。ということで、自己愛分身百合という変則的な作品になります。
他人をゆるすことよりも自分をゆるすことの方が難しいもので、とことん自分を向き合うことを求めるテーマ性の高い児童文学となっています。偶然今期のアニメでは『SSSS.GRIDMAN』の六アカ、『あかねさす少女』の明日架×∞と、趣向は違えどある種の分身百合が流行っていたので、このタイミングでこの作品を読むのもおもしろいのではないでしょうか。2006年から2008年にかけて全3巻で刊行、イラストはあの岸田メル先生です。憧れの名門女子校に入学したコヨリは、DEBUはやせるまで他の生徒から隔離するという人権侵害にもほどがある学校の方針により、ダイエット寮に収容されます。苦労人女子のふな子、元子役で美少女の面影を残す姫霞とともに、地獄の減量生活を強いられることになります。
この作品の女子校設定はマリみて的な学園百合のパロディでほとんどギャグになっているので、実はそれほど女子と女子の感情はありません。ただし、2巻で大暴れする百合サークルクラッシャーの誠子さん、こいつだけは本物です。お笑い芸人志望の中学2年生すいすいは、昭和アイドルのような奇抜なファッションをした転校生のるりりに理想の「ボケのお姫様」性を見出し熱烈に勧誘、ふたりで漫才コンビを組んで活動を始めます。
すいすいははじめはるりりのことを都合のいい優秀な相方だと思っていましたが、一緒に過ごしていくうちに「ボケのお姫様」だけではないるりりのさまざまな側面を発見していきます。そして、るりりの正体がわからなくなればなるほど、愛しさが募ってくるのです。ただの相方を次第に女の子として意識していくすいすいの感情の変化がみどころです。
るりりのことがわかってくると、あまり知りたくなかった家庭状況なんかもみえてきます。まさかの『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』コースかと読者を心配させるのが、この作品の罪深いところです。
かえたい二人

かえたい二人

SFオタク女子と外見悪魔内面おっとりお嬢様カップルの物語。SFオタクの穂木は思いがけない幸運でクラスのリア充グループとお近づきになれて、階級上昇のチャンスを得ます。悪魔メイクではぐれ者になっているが根は超絶善人の陽菜は、穂木がリア充になれるように惜しみなく協力します。
陽菜と仲がいいことがバレると階級上昇はできませんから、ふたりの関係は秘密ということになります。二重生活を献身的に支える陽菜のけなげなことけなげなこと。しかし後半はスクールカーストとの戦いを余儀なくされることになり、試練のなかでふたりの絆はさらに輝きます。さて、「若おかみは小学生!」シリーズですが、これは長く続いた人気シリーズなだけに百合派ヘテロ派BL派が激しく抗争している危険地帯になっているので、実はあまり触れたくありません。特に主人公カプに言及すると余計な敵をつくることになってしまうので、ここでは議論の余地のない大人の百合カプを紹介します。14巻と19巻に登場する宿泊客の陸谷さんと出水さんです。
このふたりは春の屋側には落ち度のないアレルギー騒ぎで揉め事を起こしたので、主人公サイドからみればかなり厄介なモンスタークレーマーでした。とはいえ、料理を媒介として絆を結ぶのはシリーズの黄金パターン。幼いころから仲がよかったのにお互いを思いやりすぎるがために素直に振る舞えないふたりの心を思い出の料理が解きほぐす展開は、この黄金パターンがもっとも美しいかたちで機能したケースになっています。
児童文学である令丈作品に登場する百合カプはほとんど小学生同士か中学生同士の組み合わせになっているので、大人百合はレアです。長い時間のなかで蓄積されたふたりの激重感情は、他のカップルのとはちょっと迫力が違います。最後に紹介するのは、「若おかみは小学生!」のスピンオフシリーズ。おっこのいとこで壊滅的に常識が欠如している小学5女子のことりと、地元の病院の娘で外ヅラはいいのに性格がねじくれている鞠香のふたりがアイドル活動をする話です。花の湯温泉を主な舞台にした「温泉アイドルは小学生!」は全3巻。ふたりが芸能スクールに通うようになり主な舞台が東京に変わってからはシリーズ名が「アイドル・ことまり!」になり、今年の1月に全3巻で完結しました。
ことまりは性格が正反対でしかも両方とも攻撃的なタイプなので、シリーズの基本的な楽しみ方はふたりのケンカップル漫才を眺めることとなります。ただし、本格的な芸能活動が始まると、芸能界のシビアさを思い知らされるできごとも発生します。コンビの一方だけがスカウトされるという最大の危機を迎えることになることまり、この逆境から物語は熱く熱く燃え上がっていきます。
なお、「若おかみは小学生!」との絡みはおっこらがちょい役として出てくる程度で物語の本筋に関わるようなものはほぼないので、若おかみシリーズを知らなくても読むのに支障はありません。