『さよ 十二歳の刺客』(森川成美)

さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

主人公のさよは平清盛の孫である平維盛の娘、つまり栄華を誇った平家の姫君です。しかし物語の出発点は壇ノ浦。入水したものの生き延びたさよの生きる目的は、敵将源義経への復讐のみ。男装し、義経の息子千歳丸の遊び相手として義経に近づくことに成功したさよは、暗殺の機会を狙います。
平家のさよと源氏の義経は、あまりにも違いすぎました。優雅さを愛する平家とは正反対の義経義経に対面したさよは、まずその外見の醜さに嫌悪感をもよおし、憎しみを募らせていきます。息子を優雅に育てたいと口先では言いながら武芸が苦手なところをみるとむちで体罰に及んだりといった義経の行動も、さよの常識からはかけ離れています。一方で、「どんな人の心にも、事情さえゆるせば、優雅でありたいという願望があるのではないか」というさよの考えにも驕りはあります。
ただ、違いを分析するだけではなにも前進しません。他者を理解するために必要なのは、なによりも同じ時間を共有することです。さよは次第に義経も人であることを知っていきます。他者との歩み寄りにいたる時間の積み重ねを丁寧に描いているところが、この作品の美点です。
とはいえ、義経の末路はあのとおりです。しかしこの物語は、大きな希望をみせてくれます。その結末に説得力を与えているのは、さよと義経と千歳丸の日々の積み重ねです。ぬけぬけと希望を語れる虚構の力強さをみせつけてくれる作品でした。