『ジグソーステーション』(中澤晶子)

ジグソーステーション

ジグソーステーション

毎日無数の人々が利用するローマのパンテオン風の巨大駅。行き交う人はみなストレンジャー。であるなら、その場所そのものも異界めいてきます。
(作中では明言されていないが)東京駅を舞台にした90年代の奇怪な児童文学の改訂版が出ました。なにが奇怪かというと、まずさまざまな文化、さまざまな人々が入り乱れる東京駅という場を魅力的に描き出すことにより、なんともいえない味わいを出しているところです。
そして、そういう空間を縦横無尽に動き回る主人公もなかなか奇怪な人物に設定されています。主人公の真名子は、学校が嫌いでいつも東京駅を遊び歩いています。駅の売店で働く人や駅に住んでいる「浮浪者」と呼ばれるような人とも顔なじみになっています。彼女の語る身の上話はどこまで信用していいのか判然としませんが、生まれはバグダッドで母は占い師、本当は小学5年生だけど4年生として学校に通っているとのこと。とらえどころがありません。
序盤の名シーンは、真名子が元は大企業に勤めていたために「支店長」というあだ名をつけられている浮浪者とともに自転車で駅のなかを爆走するところです。やろうと思えばできそうだけどやったら絶対こっぴどく怒られる、ちょうどいい具合の悪事です。人に迷惑をかけまくるし最終的に駅員に捕まって保護者を呼ばれてしまうんですけど、やっているあいだは後ろめたい爽快感があり、読者の心を解放してくれます。
猫がすり抜けるように鍵のかかっている扉のむこうに消えていく様子を真名子が目撃するところから、物語は本格的に奇妙な世界に入っていき、人々の思いと記憶を背負った巨大駅の有様が浮かび上がってきます。
発表時から30年近く熟成されているため、当時読むのといま読むのでは味わいも変わってくるでしょう。たとえば、真名子は駅にある暗証番号式のコンピュータ伝言板を使って支店長と遊ぶ約束をしています。いま読むとこれがいい感じのレトロフューチャーなアイテムにみえます。ぜひ、東京駅に造詣が深い人にこの作品を詳しく解説してもらいたいです。