『風がはこんだ物語』(ジル・ルイス/作 ジョー・ウィーヴァー/絵)

風がはこんだ物語

風がはこんだ物語

おぼえていて。

名前を忘れないで。

この作品は前情報を入れず「そういう趣向なのか!」と驚きながら読むのがいいので、未読の方には訳者あとがきも読まずはじめから読むことをおすすめします。一言だけ、これは2018年の翻訳児童文学のなかではベスト級のものであり、物語を愛するすべての人に捧げられた作品であるということだけ、申し添えておきます。以下は、未読の方は読まないようにお願いします。












「一人の少年が、宙をゆっくりとめぐっている。」という謎めいた書き出しが、まず読者の興味を引きます。作中で明言はされていませんが、舞台は小さなボートのなか、過酷な環境にある難民のような人々が乗り合わせているようです。そのなかで一人の少年が、バイオリンを手に物語を語り始めます。それは意外にも、多くの日本人になじみ深い物語でした。
物語の受容の仕方は、現在では文字を黙読するというやり方が主流です。それ以前は、語り部が人々の前で口承により語り伝えるものでした。この作品での物語は、昔ながらのやり方で語られます。
そこでは、聞き手が物語に口を出し自分が別の物語を語りだしたりといった、黙読ではあり得ない出来事が起こります。原初的なスタイルでの物語の語り合いは、いまにも全員が命を失いそうな状況のなかで、奇跡のような輝きをみせます。
物語は風のように自由を志向するということ。物語は力を持つのだということ。この作品は、なぜ人は物語を必要とするのかという難問に読者を向き合わせようとしています。