『オーガイおじさんの馬がいく』『ヘルンさんの茶色のかばん』(新冬二)

オーガイおじさんの馬がいく―ぼくの東京ミステリー (PHP創作シリーズ)

オーガイおじさんの馬がいく―ぼくの東京ミステリー (PHP創作シリーズ)

埼玉の団地から谷中のマンションに引っ越してきた小5の少年スギモトキヨシが文豪の亡霊と出会う「ぼくの東京ミステリー」シリーズの第1巻。
キヨシ少年が引っ越してきたマンションは、窓から墓場が見えるというロマンチックなロケーションでした。花冷えの夜に窓から墓場の桜を優雅に眺めていると、咳払いの音が聞こえてきます。気になって外に出ると、1メートルほどの木の柄がついたシャベルのようなものを洗っている不審なおじさんに出会いました、それがモリオーガイおじさんでした。それからキヨシ少年はオーガイおじさんと何度も会って、乗っている馬の馬糞の始末をさせられたり、そのお礼にセイヨウケンでごはんをおごってもらったりします。
変な棒で馬糞を片付けようとするオーガイおじさんに、キヨシがちいさいシャベルを使ったほうがいいと提案すると、即座に「それはちがう」と否定。「やっぱりわたしには、きちんとしたスタイルが必要だ」と、謎のこだわりをみせます。
オーガイおじさんは特に怨念があって化けて出ているわけではなく、かといって少年にありがたいお説教をしてくれるわけでもありません。ただ馬に乗って散歩するだけで、その痕跡は馬糞のみ。死者や過去とのゆるいつながりを感じされてくれる、とても心地よい作品世界になっています。2巻のゲストはヘルンさん、すなわち小泉八雲です。墓場で忍者のような格好の男がヘルンさんのかばんを盗んでいくという、1巻に比べると派手な事件から物語は始まります。ヘルンさんのかばんを取り戻したキヨシの周辺には、怪談めいた出来事が起こるようになり、着物姿の女性から三遊亭圓朝の墓のある全生庵で開かれる琵琶の演奏会に誘われるという、どう考えても逃げた方がよさそうな事態に陥ります。
小泉八雲がゲストなので、1巻よりも作品世界の空気に不穏さが増し、谷中は魔境めいた魅力を見せてくれます。

「わたしには、わたしの時間があるのです」(中略)
「じかん*1には、場所がついているのです。場所のないじかんは、じかんではありません」(中略)
「そうです。かぎられた場所にしか、わたしの時間はない、つまりかぎられた場所にしかわたしはいられない……」

*1:ひらがな表記の「じかん」には傍点がついている