『アトリと五人の王』(菅野雪虫)

アトリと五人の王 (単行本)

アトリと五人の王 (単行本)

豊かな国の姫君として生まれたものの、自身と娘のカティンの出世のことしか頭にない継母に虐げられて育ったアトリは、誰からも祝福されることなく数え年で10歳にして病身の没落貴族の月王の元に嫁ぎます。そこからわずか8年で5回も結婚することになるという波瀾万丈の人生を歩むことになります。マナット・チャンヨンの『妻喰い男』が思い出される設定ですね。
現実的に考えれば、アトリの結婚は親の離婚再婚や転居などで自分の意思にかかわらず大きな環境の変化を余儀なくされた状況であると捉えられます。それを架空の王族の物語とし、10年ほどの出来事を本1冊に圧縮しているので、ドラマチックで読ませる話になっています。
アトリは育児放棄された子どもで、はじめは知性も美貌も持たない子どもとして登場します。そんなアトリにとって月王ははじめてのまともな保護者となり、「知識」「常識」「愛情」を与えてくれます。アトリはどんどん人間らしさを獲得していきます。子どもが生きるために必要なのはなによりも知性と知恵であるという、菅野雪虫の基本姿勢通りの展開です。
知性を得るということは、もっと知りたい、もっと本を読みたいという欲望を抱くということでもあります。自由のないアトリにとって欲望を抱くことは苦しみにもなってしまいます。それでも最後には自分で自分のいるべき場所を選び取ります。
アトリの腹違いの妹のカティンも魅力的です。母親をみてああはなるまいと学習し、いつの間にか自力で生きるすべを獲得していたたくましさにほれぼれとしてしまいます。アトリとカティンの姉妹愛が美しく物語の幕を引くラストは必見です。