『夏に泳ぐ緑のクジラ』(村上しいこ)

夏に泳ぐ緑のクジラ (創作児童読物)

夏に泳ぐ緑のクジラ (創作児童読物)

タイトルやカバーイラストは一見さわやかっぽいのに……。
主人公のお京は中三の夏、母親とともに祖母の暮らす島に行きました。母親の目的は、島に娘を捨てることでした。父親はFXで有り金全部溶かした感じになってどうにかなってしまい、母親は鬱病でとてもお京の面倒をみられるような状態ではありません。ところが祖母も問題でした。祖母は母親一人を悪者にすることで家庭内の秩序を保っていた暴君で母親の精神を病ませた元凶。さらに島には、子どもの孤独につけこんで近づいて脳みそを食べる自称妖精の「つちんこ」とやらが出没していました。どこにも夢も希望もありません。
この作品に限らず村上しいこYAに登場する子どもは、ひたすらシバかれ強くなれと自助努力を求められます。村上しいこYA世界には、共助や公助といった概念がほとんどみられません。「つちんこ」のまなざしの先にあるような、寒々とした世界が広がっています。この作品で描かれている人心の荒廃や貧困はこの国の現実の一面ではあるので、そういう現実を突きつける作品も必要でしょう。
ただし、村上しいこYAの過剰に自助努力を求める姿勢は、失敗すれば自業自得という自己責任論に陥りそうな危険性が感じられます。子どもに成長を求めることで手一杯になり、社会の矛盾を変革しようという方向には目が向けられにくくなっています。こうした村上しいこYAの視野の狭さには、懸念を抱いています。