『境い目なしの世界』(角野栄子)

境い目なしの世界

境い目なしの世界

 子供の恋は、
無邪気で残酷。
 無意識、無邪気、
無自覚の、裏切り~~

ヤエは、ミリというクラスメイトと奇妙な友情を築いていました。ミリは女子からは嫌われていて男子からは超人気なタイプ。真面目なヤエとは合わなそうな子ですが、絵本専門書店で偶然会ったことをきっかけにつきあいが始まります。ヤエはミリにそそのかされてスマートフォンを買い、ラインでもつながるようになります。ミリは、「しのぶなかだね、わたちたち」と笑います。以前からミリの話題に出る男子が続々と姿をくらませるなど不穏なことが起きていましたが、スマートフォンを持つようになったことからヤエの周囲はさらにわけのわからないことになっていきます。
周知のとおり角野栄子は南米マジックリアリズムの流れをくむ作家なので、現実と幻想がとけあうような世界を描くのはお手のものです。スマートフォンでのつながり、フィギュアを売る奇怪な店。異界への落とし穴はあらゆるところに仕込まれています。テクノロジーと幻想性を混在させるのも角野栄子の得意技、『アイとサムの街』のような作品が思い出されます。
この作品はYA向けですが、童話の味わいも混ぜこまれています。ミリの母が「急速冷凍機」で「レイトウベントウ」を量産する様子などは、魔法的にみえます。「ライン」や「ジーピーエス」をわざとカタカナで表記しているところにもそちらの空気に引きこむ工夫のように思われます。
角野栄子ジェンダーフリーな作家としての側面も表れています。ヤエが気になる男子の手を眺める様子、「細長い指の関節がゴツッと太くて、その上を皮が引っ張るようについていた。一つ一つの指の骨のあり場所がハッキリと見える。どこか怪鳥の足を思わせた」と、ねちっこく描写されています。そしてヤエはその手が文字どおりモノ化されたのを消費しようとするのです。角野栄子ジェンダーフリーな作家なので、性的な局面での加害性という問題を女子に突きつけます。
この世界には元々、境い目などないのかもしれません。どんな事故も起こりえます。この作品内では、「バリアフリー」という通常はよきものとされる言葉がまがまがしい威圧感をまとっています。
はたして幼年の心と大人の心のあいだに境い目はあるのでしょうか。
はたして童話と一般向け小説のあいだに境い目はあるのでしょうか。
はたして、自分と他人あいだに境い目はあるのでしょうか。
結論として、この作品は角野栄子らしさが高濃度で凝縮された危険な作品であるということになります。