『アンチ』(ヨナタン・ヤヴィン)

アンチ (STAMP BOOKS)

アンチ (STAMP BOOKS)

岩波〈STAMP BOOKS〉新作は、ヒップホップ少年を主人公としたイスラエルの作品。国・題材ともに、日本に紹介される作品としては珍しいものになっています。
14歳のアンチの一家は、おじがうつで自殺してしまったために沈んでいました。そんなときにヒップホップのグループに出会い、仲間に入って一緒に自治体の運営する「暴力ではなくことばで」という大会を目指すことになります。ただし、その大会がご大層な名前の割に有力スポンサーの息子を毎回八百長で優勝させていたり、アンチの仲間が「解放」という美名のもと集団窃盗を繰り返していたりと、いろいろなねじれを抱えていました。
自殺という素材は非常に重いものですが、この作品の場合ユダヤ教文化圏なので、そのタブー度はさらに高くなっています。しかし、悪意というものは人の弱点をこそ突いてくるもので、そのおぞましさも強くなっています。ただし、物語の流れは素直なので、安心して読むことができます。
ラップバトルは文字媒体に移植しやすく、リズムに乗って流されるように気持ちよく読み進めていくことができます。アンチは一人称の地の文でもしばしば韻を踏んでいます。読む方は楽に読み流していけますが、翻訳家は大変だっただろうと苦労がしのばれます。