『南河国物語 暴走少女、国をすくう?の巻』(濱野京子)

南河国物語 暴走少女、国をすくう?の巻

南河国物語 暴走少女、国をすくう?の巻

この中華風ファンタジー『南河国物語』では、エンタメ作家のとしての濱野京子の実力がいかんなく発揮されています。レトロで楽しい娯楽児童読み物になっています。
時は千載におよぶはるかな昔のこと。紅玉というとんでもない嘘つき娘がおりました。紅玉の父は有名な将軍にそっくり。将軍だと勘違いして食べ物屋や宿屋がもてなしてくれるのをいいことに、無銭飲食していました。そこを役人に捕らえられ、将軍本人の元に連行されます。そして父は将軍の影武者の役割を強いられ、紅玉は評判の悪い太子に仕えることになります。しかし天性の嘘つきの紅玉は、そんなことでは全然ひるみません。むしろ事態がこじれるのを楽しむかのように奇行を繰り返し、異国の女将軍や仙人までも入り乱れるしっちゃかめっちゃかの大騒動を巻き起こします。
なによりおもしろいのは、主人公の造形です。とにかく肝が据わっていて、観察力も抜群。彼女の対人戦略は、初対面の人間はまず弱みを握って脅迫というのが基本。彼女の行動原理には、正義も愛も保身もありません。思いのままに悪行の限りを尽くします。彼女はルナール狐やティル・オイレンシュピーゲルの仲間のようです。
読者に語りかけるような講談調の文体も魅力的です。章のカウントが「第○回」だというのもわかっている感じがします。連載作でもないのに章の切れ目に引きを入れるのわざとらしさも効果的。それで入れ替わりとか生き別れの母とか王道のネタが繰り出されるのですから、おもしろくなるに決まっています。
いや、これが2019年の最新の児童文学だってのは嘘でしょ。70年代後半あたりの「5年の学習」「6年の学習」に2年24回にわたって連載されてた作品だといわれた方がしっくりきます。こういう味わいの作品をものせる人はもう限られているので、濱野京子はこのようなレトロエンタメをもっと書くべきです。