『しあわせなハリネズミ』(藤野恵美)

しあわせなハリネズミ

しあわせなハリネズミ

藤野恵美といえばまず、家族の闇を描いた作品群が思い浮かびます。しかしそれは、孤独で気高い生き方を志向する作家であるということと表裏一体でもあります。
主人公は友だちを持たないハリネズミ。防御力が高いので他人とつるんで身を守る必要はありません。ひとりで刺繍という芸術活動をすることで自足しています。なにより、非論理的なことばかり話す他人とはコミュニケーションがとれないので、他人を遠ざけて生きてきました。そんなハリネズミの人生に、旅人のもぐらとの出会いが転機をもたらしました。泥団子を作る芸術家であり、論理的で穏やかな話し方をするもぐらはいままでハリネズミが出会ったことのないタイプの動物で、すぐに親しくなります。
日常会話で「ゆえに」を連発する過度に論理的なハリネズミは、『七時間目の占い入門』の小谷秀治のようなタイプです。おそらく藤野恵美は、このような吹きこぼれ傾向の子どもに向かって語ろうとする意志を持っているのだろうと思われます。
もぐらがハブとなってハリネズミを社会と繋いでいきます。その方法は、贈与や物々交換や貨幣による交換でした。つまり、モノのやりとり、経済活動を通してハリネズミは社会性を学んでいくのです。この具体性が藤野恵美の美点で、想定読者対象への配慮が行き届いています。
しかし、孤独な魂は社会との接続で救われることはありません。そして、唯一心を許せる友人となったもぐらも、いつかはまた旅立ってしまうのです。幸福を知ってしまうと、それを失うという苦しみを同時に得ることになってしまうという不幸。著者はこの苦しみに、それはもう美しい救済を与えます。