『伝染する怪談 みんなの本』(緑川聖司)

伝染する怪談 みんなの本 (ポプラポケット文庫)

伝染する怪談 みんなの本 (ポプラポケット文庫)

わたしは怪談こそ、この世のすべてだと思うの。
怪談には恐怖があり、感動があり、生と死がある。
しかも、それを大人にも子どもにも伝えることができるのよ。

子どもから怪談を募集して編案するという企画を編集者から与えられた作家が主人公。本には『みんなの本』という仮タイトルがつけられます。ところが、『みんなの本』という怪談がすでに存在していることが明らかになります。そして、作業を進めている最中に出版社から一方的に企画の中止を申し渡されたり、投稿してきた子どもたちに異変が起きたりと、不可解なことが続くようになります。
『みんなの本』は、『牛の首』のような存在しない怪談でした。となると、問題になるのはその内容ではなく効果となります。それがタイトルにある「伝染」、ゾンビものや「リング」三部作のようなパンデミック型のホラーの様相を呈してきます。最悪の事態を予感してドキドキワクワクするのが、ホラーの醍醐味です。そんな楽しみを存分に味わわせてもらえます。
そして、最終的な恐怖の根源は、このシリーズの核心である怪談愛・物語愛です。メタと物語愛をこじらせたこのシリーズらしい幕引きは必見です。ある意味、究極の愛が実現されています。『みんなの本』は、間違いなく「本の怪談」シリーズの最高傑作です。
いま簡単に最高傑作と述べてしまいましたが、このシリーズが最高傑作を更新するハードルは、非常に高いものになっています。ここでシリーズの軌跡を簡単に振り返ってみましょう。

  
「本の怪談」シリーズは、2010年に同時刊行された『ついてくる怪談 黒い本』『終わらない怪談 赤い本』の2冊からスタートしました。シリーズは基本的に、子どもが偶然手に入れた本にまつわる怪異に巻き込まれるというメタ構造のホラーになっています。『終わらない怪談 赤い本』というタイトルが示唆しているとおり、この2冊は『はてしない物語』のアウリンのように二匹の蛇がお互いの尾を噛みあっている円環構造になっていました。つまり、はじめの2冊でシリーズは完全に完結していたのです。しかし、これ以降のシリーズは蛇足になることはありませんでした。
色のない怪談 怖い本 (ポプラポケット文庫 児童文学・上級〜)

色のない怪談 怖い本 (ポプラポケット文庫 児童文学・上級〜)

はてしない物語』オマージュなのであれば、別の物語が無限に派生するのも理の当然といえます。読者の人気も得て順調にシリーズを重ねていき、2013年の『色のない怪談 怖い本』で極限までメタをこじらせていったん完結します。ここで、『黒』『赤』のセットと『怖』を超えるのは相当な難事業となりました。
しかしその後も番外編が続き、2017年の『まぼろしの怪談 わたしの本』、2018年の『とりこまれる怪談 あなたの本』、2019年のこの『伝染する怪談 みんなの本』が三部作のようなかたちとなりました。そして『みんなの本』は、いままでの約10年の蓄積あっての最高傑作となりました。終盤の盛り上がりはシリーズでも随一で、シリーズのお約束も美しく機能しています。いままであれだけ様々な実験をしてきたのに、まだここまで驚かせてくれるとは。本当にこの作品は満足度が高かったです。