『ゴーストソング』(スーザン・プライス)

ゴーストソング (ゴーストシリーズ)

ゴーストソング (ゴーストシリーズ)

カシの木に金の鎖でつながれた賢い猫が語る物語。極寒の地の物語。残酷な皇帝が支配する地の物語。ニワトリの脚のついた家に住む魔法使いの物語。生者の世界と死者の世界を行き来する魔法の物語。血と飢えと殺戮の物語。1991年に邦訳が刊行された伝説的な暗黒ファンタジー『ゴースト・ドラム』*1の続編が、クラウドファンディングでようやく刊行されました。刊行後すぐに読んだ読者は、実に30年近く待たされたことになります。『ゴーストソング』の冒頭は、『ゴースト・ドラム』と同様の流れになっています。魔法使いが弟子にするために、貧しい家で生まれた赤ん坊をもらい受けに訪れるという流れです。しかし、『ゴースト・ドラム』の魔法使いがチンギスを弟子にすることに成功したのに対し、『ゴーストソング』の魔法使いクズマは父親のマリュータに息子のアンブロージを引き渡すことを拒否されます。しかしクズマは諦めずアンブロージを付け狙います。
作中人物がさらされる運命の理不尽さは、前作を上回っています。物語の中心人物は3人。父とともにクズマから逃げ回るアンブロージには、安息の時間がありません。しかも魔法使いとしての才覚がだんだんと現れてくるため、孤独は成長するにつれ深まっていきます。きちんとした訓練を受けていないアンブロージにとって、魔法の世界は理解しがたい恐怖の世界です。やがてアンブロージは精神を病んだようにまでなってしまいます。
トナカイを追ってテント暮らしをする人々の子ども「狐にかまれた子」も、物語の中心となります。トナカイを追う人々は、クズマからやはり子どもを渡すよう迫られ拒否し、アンブロージが魔法使いになるまで解けない狼になる呪いをかけられます。アンブロージがすんなり弟子になっていればトナカイを追う人々がクズマと関わることもなかったはずなので、この人々は無関係なとばっちりを受けた純粋な被害者だということになります。しかもその呪いの厄介さは、時が進むたびに全貌を現してくるのです。
そして、もうひとりの中心人物はクズマです。ある意味では、クズマの運命が最も理不尽かもしれません。魔法使いの所業は普通の人間側からみれば人さらいですが、魔法使いにとっては当たり前の生き方です。クズマが悪だとするなら、『ゴースト・ドラム』で悪に対峙する側にいたはずのチンギスやその師の魔法使いの行動も非難されなければなりません。弟子が生まれるまで200年も待ったのに運命に裏切られたクズマの悲劇性は高く、それゆえ彼の執念は暗く冷たく燃え上がります。
誰ひとりとして幸せになれそうにない理不尽な運命。しかし運命が過酷であればあるほど、それに抗おうとする人間の願いは輝きを増していきます。そこがこの作品のみどころです。30年近く待たされた読者の飢え渇きは、最高のかたちで満たされました。