- 作者:スーザン プライス
- 発売日: 2020/02/27
- メディア: 単行本
ゴースト・ドラム―北の魔法の物語 (Best choice)
- 作者:スーザン・プライス
- 発売日: 1991/05/15
- メディア: 単行本
作中人物がさらされる運命の理不尽さは、前作を上回っています。物語の中心人物は3人。父とともにクズマから逃げ回るアンブロージには、安息の時間がありません。しかも魔法使いとしての才覚がだんだんと現れてくるため、孤独は成長するにつれ深まっていきます。きちんとした訓練を受けていないアンブロージにとって、魔法の世界は理解しがたい恐怖の世界です。やがてアンブロージは精神を病んだようにまでなってしまいます。
トナカイを追ってテント暮らしをする人々の子ども「狐にかまれた子」も、物語の中心となります。トナカイを追う人々は、クズマからやはり子どもを渡すよう迫られ拒否し、アンブロージが魔法使いになるまで解けない狼になる呪いをかけられます。アンブロージがすんなり弟子になっていればトナカイを追う人々がクズマと関わることもなかったはずなので、この人々は無関係なとばっちりを受けた純粋な被害者だということになります。しかもその呪いの厄介さは、時が進むたびに全貌を現してくるのです。
そして、もうひとりの中心人物はクズマです。ある意味では、クズマの運命が最も理不尽かもしれません。魔法使いの所業は普通の人間側からみれば人さらいですが、魔法使いにとっては当たり前の生き方です。クズマが悪だとするなら、『ゴースト・ドラム』で悪に対峙する側にいたはずのチンギスやその師の魔法使いの行動も非難されなければなりません。弟子が生まれるまで200年も待ったのに運命に裏切られたクズマの悲劇性は高く、それゆえ彼の執念は暗く冷たく燃え上がります。
誰ひとりとして幸せになれそうにない理不尽な運命。しかし運命が過酷であればあるほど、それに抗おうとする人間の願いは輝きを増していきます。そこがこの作品のみどころです。30年近く待たされた読者の飢え渇きは、最高のかたちで満たされました。