『ゆりの木荘の子どもたち』(富安陽子)

百年以上の歴史を持つ洋館「ゆりの木荘」を舞台とした不思議な物語。いまでは老人ホームとなっている「ゆりの木荘」の住人たちが、玄関ホールにある大きな振り子時計が猛スピードで逆回りを始めたことから、思いがけない事件に巻きこまれます。
冒頭の、巨漢のばあさまと小柄なばあさまが仲良くベンチで茶飲み話をしている場面からいい雰囲気です。ばあさまを描くのが達者な佐竹美保も、平和でゆったりした時間にいろどりを添えています。しかし、振り子時計が動き始めてからは話は急展開。「ゆりの木荘」の住人たちは何十年も若返って子どもの姿になってしまいます。周囲を調べてみると、「ゆりの木荘」の様子も変わりカレンダーが昭和16年のものになっていたので、どうも若返ったというより時間が巻き戻ったようだということがわかります。
時間旅行だったり、手まり歌だったり、あれな存在だったり、作中に出てくるガジェットはお約束のものばかりなので、大人の読者であれば容易に作品世界の秘密を予想することができるでしょう。それらが整然としつつ情感たっぷりに並べられているので、非常に端正で安心して読めるファンタジーになっています。