『影を呑んだ少女』(フランシス・ハーディング)

影を呑んだ少女

影を呑んだ少女

大人気フランシス・ハーディングの邦訳3作目は、ピューリタン革命の時代を舞台にしたファンタジーです。主人公の少女メイクピースの一族には、死者の霊を取りこむ特殊能力がありました。一族の祖霊たちは器となる人物に憑依することでそれを支配し、擬似的に命を長らえようとしていました。メイクピースはそんな一族のあり方に耐えられず、反抗を試みます。
メイクピースがはじめて取りこんだのは、人ではなく人間たちに虐殺されたクマの霊でした。はじめは自分のなかのクマの存在に戸惑うメイクピースでしたが、クマの野生の力に守られ、自分もクマに居場所を提供することで、奇妙な共生関係を築いていきます。われわれのよく知るおとぎ話では、クマと愛しあった少女はやがてクマになります。メイクピースも同様の道をたどり、クマの野生の力を自分のものにしていきます。この少女とクマの関係性の熱さが、本作の大きなみどころです。
ユリ熊嵐 Blu-ray BOX

ユリ熊嵐 Blu-ray BOX

  • 発売日: 2019/04/24
  • メディア: Blu-ray
メイクピースは人間の霊も取りこんでいきます。男性の医師の霊を取りこむと、その知識を得て、医療技術を使えるようになります。ただし医師は、男性の自分がいる以上自分が主導権を握るべきだという男性優位の思想を押しつけてきます。知識や思想を伝えるというこの営みは、「教育」と呼ばれるものに似ています。教育はまず、支配の手段として上から押しつけられます。しかし、与えられた知識や思想を自分のものとして取りこむことができれば、自立のための大きな武器となります。メイクピースはこうして戦うための力を得ます。メイクピースの幸運は、人の霊を取りこむ前にクマの霊から野生の闘争心を与えられたことでした。
ということで、メイクピースもハーディング作品の主人公らしい主体性を持った聡明な女性として覚醒していきます。家を転覆させるだけではなく、内乱に乗じて社会を自分に都合のいいようにつくりかえようという野心まで持つようになります。このたくましさに魅了されてしまいます。