『まほろばトリップ』(倉本由布)

まほろばトリップ 時のむこう、飛鳥

まほろばトリップ 時のむこう、飛鳥

真秀(まほ)には、8歳で行方不明になった2歳年上の兄丈瑠(タケル)がいました。ずっと兄のことを思い続けていた真秀は、中2の春休みに兄を探すため兄が消えた奈良県明日香村に赴き、飛鳥時代にタイムスリップしてしまいます。そこには8歳の姿のままの兄がいました。兄は斉明天皇の夭逝した孫の健皇子(タケル)に生き写しだったので、その身代わりとして斉明天皇に監禁されていました。真秀は飛鳥時代で知り合った有間皇子蘇我赤兄の助けを借りて兄を救出しようとしますが、さらにもうひとりのタイムトラベラーの壮流(タケル)も絡んできて、話がややこしくなります。
子どもながら長い期間兄を諦めなかった真秀の意志力はなかなかのものです。飛鳥時代では、自分が生き残るためなら罪もない少女に××を強要することもいとわないという図太さをみせます。このたくましさが真秀の魅力です。
兄が年下になって妹が年上になってしまうという通常ではありえない展開もおもしろいです。ここで、無事帰還したときにどうなるかという問題も生じます。ふたりが真秀中2の時代に帰還したら兄が幼いままであることで不都合が起きます。それぞれ自分がタイムスリップした時点に戻るのであれば、兄が行方不明になった世界線とならなかった世界線が分岐してしまうことになります。様々なパターンが考えられ、SFとしての興味を引きつけてくれます。
もちろん、歴史ミステリーとしても興味を持たせてくれます。有間皇子は、謀反を企んでいるという蘇我赤兄の密告によって若くして処刑された悲劇の皇子だと伝えられています。作中の有間皇子は権力に興味を持たず穏やかな生活のみを望んでいる人物に造形されています。なぜこのような悲劇に至ることになったのかという謎で物語を牽引し、有間皇子蘇我赤兄の虚構の重たい感情のドラマをぶつけてくれます。
様々な要素の詰まった作品ですが、それをエンタメとしてしっかり組み立てる構成力が見事です。特に、タイムトラベラーのうちひとりだけが現代に戻ってしまった中盤以降は、現代パートと過去パートの切り替えによりSFとしても歴史ものとしても感情のドラマとしても緊張感がずっと持続するように工夫されていて、最後まで一気に読まされてしまいます。
不勉強で倉本由布作品を読むのはこれが初めてだったのですが、歴史ものの少女小説に定評のある作家のようです。この作品だけでもかなりの手練れであることをうかがい知ることができます。