『朔と新』(いとうみく)

朔と新

朔と新

弟が事故で視力を失った兄の伴走者になり、兄弟でブラインドマラソンに挑戦する話です。障害者スポーツと兄弟の絆で感動が倍増、感動ポルノを好む大人の読者がたくさん寄ってきそうなパッケージの作品になっています。しかし著者は曲者のいとうみく。一筋縄でいくはずがありません。
新と兄の朔は、田舎へ向かう高速バスで事故に遭いました。新は軽傷でしたが、朔は意識不明の状態で病院に運ばれ、一命は取りとめたものの視力を失ってしまいます。本来は兄弟は両親とともに帰省するはずでした。しかし新は友だちとの約束を入れていたので帰省を嫌がります。そこを、兄の朔が自分も彼女との約束があるから二人で遅れて帰省しようと提案し、高速バスを利用することになりました。
母親はもともと兄弟の扱いにあからさまな差をつけていて、新に対する関心はほとんど無でした。事故以後は、新のせいで朔が障害者になったのだと思い、新に憎しみを抱くほどになります。
そして、兄の方にも問題がありました。そもそも彼女と約束があるというのは、新のために気を利かせてついた嘘でした。この行為は一見親切にみえますが、相手の意向を気にせず先回りをして道筋を決めてしまうのは、相手の人格を認めていないのと同じです。新は毒母と毒兄(とまったく存在感のない父)に囲まれたたいへんかわいそうな子どもだということになります。
美談のように見せかけて実は『カーネーション』路線の家族ホラーでした。家族の絆に対する幻想に冷や水を浴びせるいとうみくのスタイルは、さすがです。
ところで、新が将来親になったときに『カーネーション』の母親のようになったら怖いですね。