『青春ノ帝国』(石川宏千花)

青春ノ帝国

青春ノ帝国

どんな年齢の人間にもその年齢なりの醜さはありますが、14歳の醜さは特に直視がはばかられるものです。石川宏千花は読者の口に手を突っ込んで内臓を引きずり出しそれを見せつけ、おまえはこんなに醜悪な生き物なのだとささやきます。
放課後の職員室、教員をしている関口佐紀のもとに、一本の電話がかかってきます。その電話は、中学2年生の一時だけ深い関わりのあった同級生の奈良比佐弥から、彼の叔父の久和先生の訃報を知らせるものでした。電話をきっかけに、佐紀は鬱屈していたあのころを一気に回想していきます。
久和先生がやっていた《科学と実験の塾》に佐紀の弟が通っていて、送り迎えをしていた佐紀も久和先生や奈良くんと関わりを持っていました。劣等感のかたまりで学校に居場所のない佐紀にとって、ここがたったひとつの避難所となっていました。
学校での佐紀は、クラスのカーストの最下層。同じく下層の峯田さんとつるんでいましたが、それは仕方なくで、峯田さんが貸してくれた本をずっと放置するような薄情な態度を取っていました。クラスのカースト上位には上原沙希という子がいるので、クラス内で「さき」といえば自分ではなく上原さんということになっていました。佐紀は上原さんに激しい嫉妬の念を抱いていました。そんななか美容院で上原さんと同じ髪型にされてしまったため真似をしているとクラス内で蔑まれ、さらに学校に居づらくなります。
他人に悪感情ばかり抱いている佐紀ですが、彼女が最も憎しみを抱いていたのが、百瀬さんという《科学と実験の塾》で助手をしている30歳の女性でした。若々しく愛嬌たっぷりで、7歳年下の「だんなさん」とラブラブだという百瀬さんは、佐紀からはなんの苦労もない満たされている人にみえました。佐紀にとっては、満たされているというだけで憎しみの対象にするに十分な罪悪なのです。
佐紀は悪人ではないので、きっかけがあれば自分の感情の理不尽さを反省することもできます。しかしその善良さがさらに佐紀を押しつぶそうとしてきます。前半はとにかく重苦しいです。
後半からは、だいぶ物語の様相が変わります。絶望が希望に反転するという奇跡が、佐紀にも訪れるのです。しかし一方で、希望が一瞬で絶望に変わるという人生のままならなさも味わいます。そして、青春という帝国に閉ざされている環境で共に戦う同志を得ていきます。
人生の蜜と毒を描ききったなかなかの力作でした。きれいな思い出を「永遠」に閉じこめてしまうという後ろ向きさもまじえつつ、希望と痛みを抱え生きていかざるを得ない人間の姿が、切なくも美しく描き出されています。