『フレンドシップ ウォー こわれたボタンと友情のゆくえ』(アンドリュー・クレメンツ)

数学や科学を愛する少女グレースは、不動産業を営んでいるおじちゃんに新しく購入した工場跡地に連れて行ってもらいます。そこで発見した大量のボタンを家に送ってもらいました。ちょうど学校の授業でアメリカの産業革命がテーマになったので、グレースは参考資料としてボタンを少し学校に持って行きます。そうしたら、親友のエリーがみんなで学校にボタンを持ち寄ろうと提案しました。たちまち学校中でボタンが大流行します。
学校内ではボタンが異様な価値を持つようになり、まるで貨幣のように活発な交換がおこなわれるようになります。子どもたちが閉鎖された独自の貨幣経済圏を作り上げる話なので、谷崎潤一郎の短編「小さな王国」が思い出されます。そのなかで、グレースは特権的な立場にいます。グレースはこの現象を観察の対象にしようとします。彼女は観察と実験の作法を心得ているので、自分は観測する対象に干渉してはならないということを知っています。ただしグレースが隠し持っているボタンの資産は規格外なので、事態に干渉すれば市場を大混乱させることもできるのです。実は、グレースにはこの市場に干渉したくなる事情もありました。それが、この作品の軸になる親友エリーとの関係です。
エリーはクラスのボスで自己中心的なタイプ。グレースは自分の話を全然聞いてくれないエリーにだんだん不信感を持つようになります。そして、ボタンをめぐる騒動がふたりの関係を決定的に引き裂き、グレースはランチの時間にエリーの隣に座る権利を剥奪されてしまいます。グレースは自分の資産を活用しエリーに復讐しようとあれこれ策を練ります。一方で、エリーへの未練も捨てきれず懊悩します。経済戦争の戦略のおもしろさと元親友同士の関係性、このふたつの要素が物語を牽引していきます。
この作品でもわかるとおり、アンドリュー・クレメンツは子どもが社会と接続する様子を具体的に娯楽性たっぷりに描くのがうまい作家でした。2019年に亡くなり、この『フレンドシップ ウォー』が遺作となってしまったようです。