『兄の名は、ジェシカ 』(ジョン・ボイン)

サムの兄のジェイソンは、スポーツマンでみんなの人気者。難読症のサムのために本を読み聞かせてくれるという優しい面も持っていて、サムにとっては自慢の兄でした。ところがある日、ジェイソンが自分は「おまえの兄さんじゃない。ほんとうは、姉さんなんだと思う」と打ち明けてから、サムの世界は一変します。サムをはじめ家族は誰もジェイソンがトランス女性であることを受け入れることができず、ジェイソンは孤立を深めていきます。
珍しくないテーマの作品ですが、この作品の特色は誇張された設定によりブラック寄りのユーモアも交えて状況を描いている点にあります。誇張のひとつは、母親が次期首相候補と目されるほどの有力な政治家であるという設定です。母親は排外主義者から熱烈な支持を受けるタイプの政治家で、当然性的マイノリティに対する見解も保守的です。このことが世間に知られると、支持層から見放されるおそれがあります。母親は、このようなケースの対処法は催眠療法や電気ショックだと信じていました。いや、いまどきその認識はギャグではないかと思われるくらいですが、こういった誇張は物語の深刻性を薄める方にも濃くする方にもうまくはたらいています。
もうひとつの誇張は、語り手のサムの性格のクズさです。終盤に発覚するサムのクズ行動は、底ではありません。サムのクズさの底の底は最後の最後に発覚するので、読者はこいつが相応の報いを受けますようにと願いながら本を閉じることになります。