『ライラックのワンピース』(小川雅子)

ライラックのワンピース (teens’best selections 55)

ライラックのワンピース (teens’best selections 55)

第9回ポプラズッコケ文学新人賞大賞受賞作。サッカー少年のトモには、もうひとつ別の趣味がありました、クリーニング店を営む祖父と仕立て名人の祖母の影響で、裁縫をたしなんでいたのです。そんなトモが、ハーブ園で知り合った女子リラちゃんから、ワンピースのお直しを依頼されました。現在のトモの技量では難しい仕事でしたが、入院中の祖父や祖母の遺品から手がかりを得て、一歩ずつ前進していきます。
ぼくのまつり縫い: 手芸男子は好きっていえない (偕成社ノベルフリーク)

ぼくのまつり縫い: 手芸男子は好きっていえない (偕成社ノベルフリーク)

  • 作者:遥真, 神戸
  • 発売日: 2019/10/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
となりのアブダラくん

となりのアブダラくん

ということで、なぜか流行中の手芸男子ものです。しかし、ジェンダー問題は物語の後景で、主軸は児童文学としてあまりにも王道のものになっています。
リラちゃんは、亡くなった母の思い出のワンピースを大事にしていて、それが似合わなくならないように自分の身を縮こめるようにして生きていました。その一方で、ハーブ園を継ぐ自分の未来の姿も思い描いています。つまりリラちゃんは、過去方向への運動と未来方向への運動に引き裂かれているわけです。そして、トモにワンピースの丈を直してもらうことで、自分の方向を確定させようとしています。
トモの方は、裁縫とサッカーの両方に全力を傾けることはできないので、どちらを取るか選択を迫られます。人は選択をすることで自分のかたちをつくり、大人になっていきます。ふたりの抱える課題は同じ、大人になるということです。
テーマは健全オブ健全、作中には善人しかいない、ライトサイド一辺倒の作品です。「私は、絵もお裁縫も得意じゃないから、そういうの得意な人に来てもらって一緒にやるの」とリラちゃんが将来のビジョンを語り、それは自分を婿養子に迎えてくれるということではとトモが妄想する場面の、激甘なこと激甘なこと。こういう完全に光属性の作品は、児童文学界では貴重です。砂糖盛り盛りの甘さを堪能させてもらいました。