『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』(宮澤伊織)

裏世界ピクニック〔ジュニア版〕(ハヤカワ・ジュニア・ホラー)

裏世界ピクニック〔ジュニア版〕(ハヤカワ・ジュニア・ホラー)

  • 作者:宮澤 伊織
  • 発売日: 2020/12/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
高名な児童文学作家の令丈ヒロ子が解説を担当しているということで手に取ってみました。解説によるとオリジナル版はハヤカワ文庫で5巻まで刊行されていて、2021年1月からアニメ版も放映されるということで、なかなかの人気シリーズのようです。令丈ヒロ子は小・中学生の読者にぜひすすめたいと激賞しているので、その言を信じて児童文学としてこの作品を読んでみようと思います。
どこまでも続く草原が広がる静かで穏やかな異界裏世界を秘密の居場所としていた孤独な女子空魚は、溺死しかかっていたところを金髪の女子鳥子に助けられます。初対面なのにやたら距離が近く銃まで持っている鳥子のことを、空魚は危険人物だと思って警戒していました。でもすぐにふたりは、ネットロアの怪異が跋扈している危険な場所でもあった裏世界を二人で探検するようになり、「共犯者」という「この世で最も親密な関係」になります。
異界は児童文学では定番のテーマです。ただし、空魚のような身よりも友人も将来の希望もないような子は、異界との相性がよすぎるのが問題です。安房直子の描く数々の異界や、高楼方子の「マツリカの園」など、児童文学に登場する異界は孤独な魂を引きこむ妖しい魅力を持った魔境としての側面を持っています。異界に引きこまれるとは、つまり死を意味します。空魚は、知り合ったばかりの鳥子からも「空魚、危なっかしいんだもん、どっか行っちゃいそうでさ」と心配されるくらい、こことは別の場所への指向が強い人物として造形されています。
しかし、児童文学の世界では異界から帰れなくなることは必ずしもバッドエンドとはされません。ナルニア国物語で子どもたちが列車事故で死んだことは、真の神の国に導かれる幸福な結末とされています。宮沢賢治の諸作にも同様の傾向がみられます。宗教的な文脈を導入すれば、児童文学における死は救いともいえるのです。
とはいえ、空魚には鳥子という無二の相棒ができたので、そう簡単には現世から離れなさそうです。銃を持って二人で探検なんて、楽しくて仕方がないはずです。
裏世界の怪異は、人間の思考や言語をハックする特性を持っています。ここからこの作品は、人類とは全く異なる知性体とのファーストコンタクトSFのように読むこともできます。しかしこれは、人と人との関係でもいえることです。他人との深い関わりによって、人は否応なく変化せざるを得なくなります。令丈ヒロ子の解説では、鳥子が「空魚内裏世界」に入り空魚が「鳥子内裏世界」に入ったのだと、詩的な表現がなされています。空魚と鳥子の内面と内面の接触がこの作品の主眼とするなら、あまり児童文学の仄暗い側面に引きつけて読む必要もなさそうです。
向日的な児童文学としてこの作品を読むなら、なにより嬉しいのはラストが次に遊ぶ約束で終わっていることです。二人の未来が幸せなものでありますように。

「それで……次は、いつ来ようか?」