『エカシの森と子馬のポンコ』(加藤多一)

エカシの森と子馬のポンコ (teens’ best selection)

エカシの森と子馬のポンコ (teens’ best selection)

「ほかのものからどうよばれようとも、わたしはわたし……」
「おれは、おれ」

女の子の子っこ馬のポンコは、北海道の乳牛牧場で生まれ、そこを脱走して森で自由に生きていました。友だちはハルニレの古木のエカシくらいでしたが、充足した日々を過ごしていました。しかし、自分の身体が成長したことと、ガガイモのタネのふわふわと出会ったことから、なにか落ち着かない気持ちを抱くようになります。
北の大地を背景とした独特のスピリチュアリズムを持っているところが加藤多一の持ち味で、その発想はときにSF的なまでに飛躍します。そのため難解な面もあるのですが、読者を立ち止まらせて考えさせる作風には不思議な引力があります。この作品で興味深いのは、カメムシの生態です。カメムシは群れのネットワークで知覚感覚を共有していて、群れでひとつの生物のようになっています。また、記憶も共有しているので、個体の寿命を超えた遠い過去のことも把握できています。
難しいところもありますが、この作品のテーマ性は明確です。人が個人として主体性を持って生きるということです。エカシカメムシは、ポンコが娘になったということ、つまり、成長して同族の雄を求めているのではないかということをほのめかします。しかしポンコは、「ねえ、カメムシさん、女のにおいになりたくない女の馬だっているんでないのかな」と答えます。その後はっきりと、「わたし、男の馬だからというだけでは、ぜったい……えらびません」と宣言するのです。
加藤多一は1934年生まれの、大長老と呼ばれてもいいような作家です。そんな作家が2020年という時代の児童文学を書いていることは、驚嘆すべきことであるように思われます。