『パティシエ志望だったのに、シンデレラのいじわるな姉に生まれ変わってしまいました!』(日部星花)

有名パティシエの父を持つ三枝和奏は、自らも立派なパティシエになることを夢みて精進の日々に励んでいました。しかし車に轢かれて死亡し異世界転生、貴族の娘リズとして生まれ変わります。しかし、シンデレラという超絶美少女の義妹ができたことで、自分が転生したのがよりによって世界一有名な……というか悪名高い悪役令嬢であったことが判明します。
この状況であれば、まず優先すべきは自身の破滅フラグをへし折ることでしょう。バージョンによっては身体的にかなり痛い目をみることになるので、先が不安になるはずです。でもリズは、かわいくていい子なシンデレラにベタ惚れしてしまって、自分の運命も顧みずシンデレラが正規の王子ルートに無事入れるように奔走します。リズは、善良さゆえに破滅エンドに向かって満面の笑顔でダイブする狂人です。
リズは自分の趣味も捨てず、こっそり屋敷の設備を使ってお菓子作りをし周囲にばらまく『お菓子の精』活動をしていました。知識と技能はあるものの現代日本のように便利な道具がそろってるわけではないので苦労はありますが、試行錯誤する様子は楽しそうです。さらに、シンデレラを幸せに導くために、いじわる義姉として母と妹に同調してシンデレラを虐待するふりをしなければなりません。その裏では、シンデレラの負担が大きくなりすぎないように仕事を手伝ったり、シンデレラを舞踏会に連れていく魔法使いを手配したりと暗躍します。だいぶきつそうな三重生活ですが、リズはめげずに奮闘します。
主人公の善良さが意図せぬ方向に転がるギャップが生み出すギャグが愉快です。ジャンルのお約束をしっかりこなしつつ、必要最低限のストーリー運びで児童文庫サイズで200ページに満たないコンパクトな作品に仕上げる手腕はみごとです。
軽く読み流せるエンタメですが、現代的なテーマも内包しています。それは異文化理解です。リズは非常に善良な子ですが、異文化と生きていくと善性だけでは限界にぶち当たります。異文化理解のために必要なのは善性よりも知識であるとはっきり説いている教育的なところにも好感が持てます。