『魔笛の調べ ドラゴンの来襲』(S・A・パトリック)

魔法使いや魔法の曲を操る笛ふき、ドラゴンなどの怪物がいる世界を舞台にしたファンタジー。人間の子どもだけでなくドラゴンまでも餌食にしたハーメルンの笛ふきの事件が大災害のように扱われていて、それを捕縛した追跡隊がその人数から〈八人〉と呼ばれ英雄視されていました。主人公の笛ふきの少年パッチは、ネズミ退治のために禁じられた曲を演奏して投獄されます。パッチが入れられた地下牢にはみんなから忌み嫌われ恐れられているあのハーメルンの笛ふきも、鉄仮面をつけられて幽閉されていました。そこをドラゴンの群れが復讐のために襲撃、パッチは混乱に乗じて脱獄し、追われる身となります。
ハーメルンの笛ふき男の伝説は、多くの人々の想像力を刺激しています。訳者あとがきで紹介されている阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』も名著ですし、児童文学読者であればエンデの『ハーメルンの死の舞踏』を思い出すことでしょう。そうした最高の素材をメインとし、さらに古城の地下牢に閉じこめられた鉄仮面の囚人・死骸で作るマジックアイテム・死の呪い・魔女が操る人形など、いささか古風な怪奇趣味で味付けがなされています。
登場人物は癖のある人物が多くて楽しいです。まず主人公のパッチが、軽はずみに禁呪を使ってしまうような人物で、まったく信用できません。パッチの仲間になるレンは、魔法でネズミの姿にされてしまった女子ですが、彼女も嘘つきでいい根性をしています。ドラゴンの母とグリフィンの父を持つドラコグリフのバルヴァーが、見た目はごついけど仲間のなかでは唯一の癒やし枠になっています。
1巻の時点では、斬新さや深いテーマ性は特に見当たりません。でも、そこがいいのです。冒険活劇ファンタジーとしてただ物語のうねりに身をゆだねるのが、この作品の正しい楽しみ方です。三部作のようなので、無事最後まで翻訳が出ることを祈ります。