史実とか時代考証とか細かいことは二の次、わかりやすさ親しみやすさが最優先事項であるというのがこの作品のスタンスです。
なにしろ清少納言は「ナゴンちゃん」で、同僚のモブ女房は「イセちゃん」「エモンちゃん」などと呼ばれています。類聚的章段が主になっていて、女子の本音毒舌トークが展開され、笑いながらテンポよく読み進めることができます。
たとえば女子トークの定番恋バナなんかは、こんな具合。
「ところでナゴンは、好きな人、いるの?」
「ええとね……私、離婚してるんだ」*1
「「「ええええ!?」」」
いや、知ってたけどさ。予備知識を持たない読者がこのノリでこの情報出されたら相当おもしろかろうと思います。この作品、年号とかそのときの清少納言や定子さまの年齢のような、具体的な情報はほとんど出てきません。イラスト上は定子さまの方がナゴンちゃんより年上のようにすらみえます。おそらく小学生の読者は、ナゴンちゃんたちを高校生くらいのお姉さんだと思って読んでいくのではないでしょうか。情報を刈りこむことで初学者に負担を与えないようにする工夫が徹底しています。

- 作者:ジョーン・G・ロビンソン
- 発売日: 2014/07/11
- メディア: 単行本
終盤まで楽しい日常パートが続き、最後の最後だけ悲劇の片鱗をみせる構成が憎いです。ただしここも、伊周や隆家のやらかしなどの具体的な情報の言及は避け、本文中では悲劇の予感を匂わせる程度、途中差し挟まれるコラムで必要最小限の情報を提示するにとどめています。そしてラストに枕草子最百合エピソードの「殿などのおはしまさで後」を配置し、キラキラした世のなかで「一番の光」は定子さまであるという世界の真理をナゴンちゃんに刻みつけます。悲劇性は最小限に抑えながらふたりの絆を強調して締める構成は、美しいとしかいいようがありません。
情報を絞り初学者をキャパオーバーにしないように配慮しつつ、楽しさとエモは雰囲気できちんと伝えています。これはエピソードを厳しく取捨選択し構成を練りこまないとなしえない高度な技です。小学生向けに『枕草子』をすすめるならはじめの1冊はこれ、これを読んでもっと学びたいという子は時系列になっていて史実とのつながりがわかりやすい令丈ヒロ子訳(岩崎書店ストーリーで楽しむ日本の古典版)や時海結以訳(講談社青い鳥文庫版)に誘導するのがよさそうです。
*1:ちなみに、元夫に対するコメントは、「いい人だ。ただちょっと、歌を詠むセンスがなくて、おしゃれとか全然興味なくて、おしゃべりも上手じゃなくて、気が利かなくて、ぼーっとしていて一緒にいてもちっとも楽しくないだけで……。とにかく本当にいい人なんだ」と。きっと本当にいい人だったんだろうな。