『詩人になりたいわたしX』(エリザベス・アセヴェド)

詩人になりたいわたしX

詩人になりたいわたしX

カーネギー賞・全米図書賞(児童文学部門)他、多数の児童文学賞を受賞しているアメリカのYAの邦訳が登場。主人公のシオマラは、ドミニカからの移民の二世で、ニューヨークのハーレムで暮らしています。口より先にこぶしで語るタイプの子ですが、内面には言葉があふれていて、双子の兄からもらったノートに詩をしたためています。
天才肌だがひ弱でいつも自分に守られている兄への愛憎に悩んだり、恋に悩んだり、スポークンワードポエトリーという表現の活動に出会って自分の世界を広げたり、シオマラの15歳の日々は悩みと楽しみであふれています。そのなかで物語の主軸となるのは、恋も表現も許さない母親との確執です。
母親はとある宗教の熱心な信者で、女子は貞淑であることが第一であり結婚するまで交際などありえないと信じていました。信仰と児童虐待が結びつくという非常にデリケートなテーマを取り扱っています。
シオマラと母親の親子ゲンカは暴力でなく対話のかたちで展開されます。しかし、それが本当に対話として成立しているのかどうかは判然としません。シオマラは自分の詩で思いを伝えようとしますが、母親は聖書の詩を唱えるだけです。この壁の前には、シオマラの言葉はあまりに無力です。そして母親の呪文は、表現と心を焼き尽くす絶望となります。
シオマラが戦っているのは母親だけではありません。母親の信仰しているのは、女性は誘惑に弱いとしつつ処女崇拝をしているという、性差別的な面も持つ宗教です。母親の背後にあるのは男性原理であり、母親も被害者であるという複雑な構図になっています。
そんな難しい問題に取り組んでいますが、シオマラとその周囲の人間との関わりを丁寧に描いているので、人と手を取り合うことで問題の解決に近づけるという向日的な結論に一定の説得力が与えられています。本国で高評価を得ているのもうなずけます。