『ベランダに手をふって』(葉山エミ)

ベランダに手をふって (文学の扉)

ベランダに手をふって (文学の扉)

第22回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞作。輝には毎朝登校時にベランダから顔を出す母親と手を振りあう習慣がありました。そのことをクラスでマザコンだとからかわれ落ちこみます、ただひとりだけ、クラスの女子田村香帆だけは「あたしは、おかしいなんて思わない」といってくれました。運動会での保護者との二人三脚の場面を中盤の山場とし、輝と家族と香帆の心の通い合いが、穏やかで温かみのある筆致で描かれます。
小学5年生ともなれば親離れは自然な成長であるといえます。しかしそれがマザコンの否定というかたちになれば、悪しきジェンダー観に囚われたともとれます。マザコンとからかわれる輝はクラスの同調圧力の生け贄にされます。そこで、同調圧力に屈しない香帆という個の存在が光ってきます。
輝も香帆も父親を喪っています。親しい相手が突然いなくなってしまうという体験を持つふたりは、人生の本質が孤独であることを知っています。個と個・孤と孤の響きあいが恋の本質であるということを、作品はうまく描いています。
というような小理屈をこねる必要は、実はありません。15ページの、文章とイラストが融合してコスモスの群れのなかから初恋のイデアのようなやつが現れる場面ですでに、この作品の優勝は確定しているのですから。
男子の初恋の物語は、児童文学界では手薄な分野です。その理由は、作品を供給する側のジェンダー観の偏りによるものなのでしょう。そんななかでこの『ベランダに手をふって』や小川雅子の『ライラックのワンピース』のような新人の秀作が続いたのは、大きな希望であるように感じられます。