『いちご×ロック』(黒川裕子)

いちご×ロック

いちご×ロック

エリート街道を進む両親とストレートで理Ⅰに進学した姉を持つ海野苺は、高校受験に失敗しそこそこの高校でそこそこのいい成績しかとれなくなったたためすっかり母親から見限られていました。さらに父親が痴漢の疑いをかけられ警察沙汰になるという災難が起き、最悪の気分になります。そんなときに河川敷で異様な一団を目撃します。学校一のイケメンで人気者の男子權詩穏がドラムセットの中心に座り、大柄でマッシュヘアの仙人のような男がエアギターをかきならし、ミルクティ色の髪にウルトラマリンブルーの瞳をした「石くれにまざった隕石みたいに異質で、人の視線を引き寄せる」女子が拡声器を使ってド下手な歌をがなりたてていました。すぐにはわかりませんでしたが、この女子は学校一の要注意人物の笠間緑ちゃんでした。笠間緑ちゃんは「いいよ、逃げよ。招待するよ。ハミダシモノどもの、住むところ」と誘惑してきます。
落ちこんでいる女子が引力を持つ女子からこんな誘いを受けたら、そりゃ全力疾走で逃避するに決まっています。彼女は緑と呼ばれることを嫌い「ロク」と呼ぶよう強要します。そして苺は、ロクちゃんをはじめとするハミダシモノどもと音楽活動をすることになります。
しかし、逃避先のハミダシモノどもの世界にも淀みはあります。そして日常には、事件以来のっぺらぼうのようになってしまった父親という不気味な存在も待ち構えています。逃避先と日常の往還のなかで、苺は人生のままならなさ苦さを知り、それでも突破口を開こうとあがきます。懊悩・煩悶・そして恋愛感情、いろいろな情動が入り乱れ疾駆する物語のスピード感がたまりません。
そして、情動が収束し爆発する最後のステージの場面が最高なわけですよ。2021年の百合児童文学のトップ争いに絡んできそうな作品です。