『ひかりの森のフクロウ』(広瀬寿子)

ひかりの森のフクロウ

ひかりの森のフクロウ

かすかな音がした。
木や草が、まるで森のように茂った庭。その庭のおくにある小さな家の中で、音がした。
古びたその家には、だれも住んでいないと、哲は思っていた。でも、たしかに家の中でだれかが歩いている。

冒頭のたった5行で様々な予感を読者に持たせ、物語の世界に引きこむ手腕が見事です。
哲は兄と一緒に、近所にある深い森を舞台にした文字のない絵本を作っていました。その絵本の最後のページは、ひかりがいっぱいの様子が黄色で塗りつぶすというかたちで表現されていました。しかし哲は、その仲のよかった兄と離れてしまい、喪失感に苦しんでいました。そんなときに、友だちの島ちゃんの親戚で「森もどき」の家で生活することになった文平おじさんと知り合います。
文平おじさんも哲と同じように、兄弟を喪った痛みを抱えて生きていました。ただし文平おじさんはひとつの場所に定住しない人で、良識とされる側からは不審者扱いされかねない人物でもありました。あろうことか文平おじさんを哲に紹介した島ちゃんが、文平おじさんは「ちょっとおかしい」からあまり会いに行かない方がいいと言い出すようになります。しかし児童文学の世界では、こうした周縁にいる大人の方が傷ついた子どもの心に寄り添えるものです、
哲と文平おじさんの境遇の重なりあい、ふたりの子どもの時間と大人の時間の重なりあい、深い森と森もどきの重なりあい、絵本の幻想の世界の森と現実の森の重なりあい、さまざまな多重構造が作品に厚みを与え、奇跡のようななにかを導き出していきます。
情感のある風景描写も相まって、非常に美的な佳作になっています。*1