『チョコレートのおみやげ』(岡田淳)

五年生のゆきちゃんは、母の妹のみこおばさんと異人館・港というデートコースで遊んでいました。公園のベンチに座ってチョコレートを食べていると、みこおばさんは「時間がとけていくみたい」と謎めいたことを言って、その日に見た異人館や風見鶏や風船売りなどが登場するお話を即興でつくって語りはじめました。
みこおばさんが語った物語は、風船売りの男と相棒のニワトリの物語でした。風船売りはニワトリの天気予報を頼りに毎日販売戦略を考えていました。ある日ニワトリは、ちょっとしたいたずらごころで嘘の天気を予報をしてしまいました。それが思わぬ悲劇を招きます。
みこおばさんの語るお話を痛ましく思ったゆきちゃんは、お話の続きを考えて軌道修正を図ります。すばらしいのは、ふたりのあいだで暗黙の合意形成がきちんとなされていることです。話のリアリティのラインは心得ていて、そのルールのなかでゆきちゃんはハッピーエンドを目指します。すでに語られた物語を修正するのではなく続きをこしらえるという方法も、フェアな感じがします。この理が通っているところはいかにも岡田淳らしいです。
そして最高なのは、最後の数文です。

みこおばさんは、とつぜんわたしの頭をなでた。
五年生のわたしの頭を。一年生の子にするみたいに。

これで物語の奥行きがぐっと広がります。おそらくここで、ゆきちゃんはみこおばさんの心をチョコレートのようにとかしたのでしょう。みこおばさんのここでの心情を作中の情報だけで推し量ることは困難です。もしかしたらこの話はみこおばさんの実体験に基づくものなのかもしれませんし、そうではないかもしれません。真実はわかりませんが、読者に無数の想像をさせるこの短い文章の威力は尋常ではないということは確かです。
ところで、ニワトリを風見鶏にする技法はなんとしても谷山浩子のニワトリに教えてあげたいですね。