『時計がない!』(小松原宏子)

カバーイラストの圧が……。SFの読者であればこのカバーイラストを見た瞬間にハーモニーとかアステリズムとかいう単語が思い浮かび、ある先入観を抱くはずです。

「誕生日プレゼントはなにがほしい?」
十歳になる前の日、ママにいわれてミコは、
「時間。」
とこたえた。いつも「もっと時間がほしい。」といっているママのまねをして。

こんな夢のない会話をした翌日、幼いころから愛用していためざまし時計の「りんりんちゃん」が消えてしまいます。それどころではなく、世界中であらゆる時計が消失するという大異変が起こっていました。誰にも正確な時間がわからないという大変な状況になったその日、学校には自分だけは時間がわかるという不思議な転校生・時野メグミがやってきます。
小松原宏子は『ホテルやまのなか小学校』で読者の時間感覚を狂わせる技を披露していたので、時間テーマの作品を書いたのはなるほどという感じがします。
皆勤賞のミコはその日はいつも遅刻してくるコジより遅く登校したので、時間がわからないのに先生から遅刻であると判定されます。このあたりは、不条理童話のロジックが適用されています。
クラスには空いている席などなかったはずなのになぜかミコの隣が空いていて、先生は時野メグミにそこに座るよう指示します。これはいたはずの児童がいなくなりみんなの記憶からも消えてしまったということなのか、不穏な空気も流れてきます。なにより大きな謎は、初対面のはずのミコにぐいぐい迫っていく時野メグミの不可解な好意です。
1時間目の理科では人体といのちについて、2時間目の算数の授業では平面や面積について、3時間目の社会科では時間の歴史について説明されます。授業のかたちで作品は世界をめぐる大きな謎に迫っていきます。
ということで、謎の巨大感情とセンスオブワンダーという、カバーイラストに似つかわしい作品になっていました。百合SFの入門書として布教すべき作品です。
シライシユウコのイラストの魅力にも少し触れておきましょう。キャラクターのかわいさかっこよさについては言及するまでもありません。さらにすばらしいのは、読者の想像力をふくらませるイメージ映像を配置するセンスのよさです。特に16ページのイラストなどは、読了後に見直すとヒエッとなる仕掛けが施されています。こういうセンスのよさは、往年の不条理児童文学のイラストを思い起こさせます。わたしが把握している限りではシライシユウコがイラストを手がけている児童文学はこれと「名作転生」シリーズ全3巻(学研・2017)『スケッチブック』(学研・2018)くらいですが、児童文学適性は高そうなのでもっと増えてほしいですね。