『お江戸豆吉 けんか餅』(桐生環)

第2回フレーベル館ものがたり新人賞優秀賞受賞作。主人公の豆吉は『鶴亀屋』という江戸で評判の菓子屋で働いている少年。彼の悩みの種はけんかっ早い若旦那でした。客と大げんかをした若旦那はとうとう旦那様から家を追い出され、浅草の店で修業するよう言い渡されます。その若旦那の付き添いに指名されたのが豆吉で、ふたりっきりで新しい店の立ち上げという難しい事業の成功を目指します。ところが、類友で若旦那が家を追い出される原因となったけんか相手の職人など荒っぽい連中が店の常連となり、豆吉の悩みはつきません。
落語風のお江戸ワールドの空気が心地よい作品です。大柄で気が短く、イケメンだけど怒っているときは怖い若旦那ですが、繊細な技術とセンスを求められる菓子職人として一流であるというギャップが魅力的です。勘当同然の身でありながら弟弟子の豆吉の教育にも気を配る優しさも持っています。なんのことはない、ちょっと口が悪くてけんかっ早いことにさえ目をつぶれば、若旦那は完璧超人なんですね。
どんどん増えるけんか仲間も、それぞれ職業人としての矜持を持っていて尊敬できる人物ばかり。いまのところ性格のねじくれた登場人物は出てこないので、ストレスなく読み進めることができます。
ストーリーの流れは、人間関係の広がりとともに若旦那に試練が訪れ少しずつステップアップしていくというもの。無駄のないわかりやすいストーリー展開を制御する堅実な書きぶりは、とても手慣れているようにみえます。
こういうのでいいんですよ、こういうので。中学年向けくらいで江戸を舞台にした軽く読める良質なエンタメ、この手のがいまあまり見当たらなかったので、ちょうどこういうのがほしかったところです。続編も間もなく刊行されるようです。そう、こういう温度のがいいんですよ。いいシリーズに育ってもらいたいです。