『イナバさんと雨ふりの町』(野見山響子)

ちょっとぼんやりしているため不思議な世界に迷いこみやすい体質のイナバさんを主人公とする『イナバさん!』の続編。イナバさんは今回もみっつの奇妙な世界と遭遇します。
第1話の「イナバさんと雨ふりの町」は、雨が続いて毛皮が湿気でだめになってしまうので出不精になり冷蔵庫を空にしたイナバさんが、2階しかないはずなのにどこまでも上昇するスーパーマーケットのエレベーターで、あるはずのない屋上遊園地に到達する話です。イナバさんの体質が雨に閉ざされた世界のメランコリーを高める序盤と、屋上の解放感の対照が楽しいです。
第2話「イナバさんと福引き券」では、夏祭りの縁日という非日常空間からさらなる非日常空間にいざなわれます。
出色なのは第3話の「イナバさんと電話ボックス」です。福引きで当てた旅行券で秘境駅の温泉宿に行くことになったイナバさんですが、電車が遅れたため電話ボックスに入って宿に電話しようとします。するとどうした弾みか、電話ボックスからまたも奇妙な世界に迷いこんだイナバさんと無事に温泉宿に着いたイナバさんが分裂してしまいます。よくわからないうちにジオラマに閉じこめられて競売にかけられるという大ピンチに陥った電話ボックスのイナバさんは、宿のイナバさんに電話をかけ、なんとか元に戻ろうと知恵を絞ります。
電話ボックスは狭く閉鎖されていながら世界をつながっているという奇妙な心細い空間で、怪談の舞台にもなりやすいです。児童文学では、小野康裕の『少年八犬伝』の砂のなかの電話ボックスという奇想が思い出されるところです。そんな不安と怖さがイナバさん世界のSFみとあわさって、独自の不条理空間がつくりあげられています。
イナバさん世界にはさまざまなパラレルワールドが存在します。ただし、今回の3話に共通して登場した鼻の長い貿易商は、それらの世界の上位のレイヤーの存在のように思えます。自分たちより上位の知性に観察されもてあそばれているかのような不気味さも、イナバさん世界にはあるようです。
SFと不条理の濃度とバランスがすばらしく、近年まれにみる高レベルのメルヘンになりそうなので、ぜひ長くシリーズを続けてもらいたいです。