『あやしの保健室Ⅱ 1 九年に一度の誕生年』(染谷果子)

あやしの保健室・イズ・バック!*1
小学生の「やわらかな心」を奪うためにあやしいアイテムを駆使して悪巧みを繰り返す養護教諭24歳の奇野妖乃先生の物語「あやしの保健室」の新シリーズがスタート。通常の人間より極端に成長が遅い化け物である妖乃先生は、九年に一度の誕生年を迎え25歳養護教諭2年目にレベルアップ(?)し、今度は新設のマンモス校に赴任します。ここには新たな環境に夢を抱きそれを打ち砕かれた子どもがたくさんいるので、妖乃先生にとっては絶好の狩り場。妖乃先生はウキウキして子どもたちを陥れようとし、案の定失敗するというお約束が繰り返されます。

Ⅱ 1巻第1話「うふマスク」

第1話は、新時代の「あやしの保健室」を象徴するような作品です。感染症が流行しているのでマスクをしなければならないのに、皮膚がかぶれてしまうためにそれができない町田灯里が主人公を務めます。
「あやしの保健室」最終4巻の刊行は2020年4月でした。つまり、まだ人類と新型コロナウィルスとの戦いが始まったばかりの時期です。そこから時間が経過し、作中は、ようやくワクチン接種のめどがたってきた時期になっているようです。*2
1巻の第2話は「ぼっこマスク」という回で、これはマスクで顔を隠さなければ気が済まない女子の物語でした。このわずか数年で、マスクをすることが問題化される時代からしないことが問題化される時代へと、急激な変化が生まれています。妖乃先生にとってはマスクのアイテムを使用するのは2回目で、初期の失敗のリベンジという意味合いもありました。
さらに、今回のマスクは記憶を書き換える作用を持っていました。記憶を消すことは奇野妖乃という怪異の根幹のひとつです。ということで、シリーズのなかでかなり重要な位置づけをされそうな作品が新シリーズのはじめに配置されたということになります。

Ⅱ 1巻第3話「前向きブリッコ」

「ブリッコするあのこが、苦手。」
「グチばっかりのあのこが、イヤ。」*3

人々の記憶から消えてしまうため人間と縁を結べないのが妖乃先生の宿命。でありながらいつも子どもたちの縁を結んでしまうのが運命の皮肉です。第3話の主人公の谷久千花は、自由をうたいながら締めつけばかりの学校に反感を持ち、文句ばかり言っていました。そんな久千花は学校の横暴を前向きに受けとめる女子花咲日葵を目障りに思っていました。そこで妖乃先生が久千花に与えたアイテムが、〈ディスタンス・カード〉。気に食わない相手はディスタンスをとってミュートするという対処法にも、時代が感じられます。久千花がこのアイテムで日葵と距離を置いたところで、第3話は終わります。

Ⅱ 1巻第4話「グチリンコ」

第4話の主人公は、久千花の理想を妨害していた花咲日葵に交代します。久千花の様子がおかしいことに気づいて妖乃先生を問いつめ、久千花のグチをなんとかするアイテムを要求したところ、食虫植物製の不気味なポシェットを与えられます。こっちはグチを吸いこむという力業系のアイテム。〈ディスタンス・カード〉とはコンセプトがまったく異なります。理想を求めて戦う久千花と前向き笑顔を大切にする日葵、両極にあるアイテム、この二者が衝突するときになにが起こるのか。百合児童文学としても評判の高い「あやしの保健室」、新シリーズでもその真価はいかんなく発揮されています。

*1:帯より

*2:ただし、現実の時間と作中の時間は異なっています。4巻の妖乃先生は自称新任養護教諭24歳(4回目)で、新シリーズ1巻では9回の24歳を経て25歳になっているので、作中では現実より長い時間が流れています。また、作中では感染症がコロナであるとは書かれていません。

*3:帯より。これを書いたのは相当な百合のセンスを持つ人物であると見受けられます。