『コロキパラン』(たかどのほうこ)

ある老人が、大学生時代のアルバイトの経験を回想します。バレンタインチョコを男性が購入することがまだ珍しかった遠い過去の、いまではもう手の届かないからこそ甘美な、春を待つ2月の不思議な思い出。大学1年生の「わたし」は同じ講義をとっている森田さんといっしょに、公園でバレンタインチョコを売るアルバイトをしました。
この作品を読むのに、難しいことを考える必要はありません。悪い魔法使いであるところの高楼方子が効果抜群の麻酔を次々と手際よく打ってくれるので、それに身を任せているだけでOKです。
「わたし」の担当は、チョコを買ったお客さんにおまけとして似顔絵を描く係でした。といっても、「わたし」は別に絵が得意というわけではなく、ノートに先生の似顔絵を描いているのを見た森田さんに誘われて深く考えずのんきに承諾してしまっていました。ベレー帽をかぶって気分だけ絵描きになってみるものの当然いっぱいいっぱいになってしまい、その焦燥感が作品世界と読者を麻痺させます。
そして、熟練の擬音がまた読者を異界にいざないます。公園には「コロキパラン……キロラポン……コロキパラン……キロラポン……」というオルゴールの調べが漂っていました。「わたし」がペンを走らせる「キュイ(ちら)、キューイ(ちら)、ショショショ(ちらちら)、サッサ、キョイキョイ……」という擬音も流れます。
そして、この世のものとは思えない風変わりな美しさを持った子どもが、客として何人もやってきます。ここで、危険な夢幻の世界が完成されます。
さて、哀れな犠牲者(読者)は、この安らかな白昼夢の世界から無事に生還することができるでしょうか?