『もう、子どもじゃない?  はじめてのなやみ、はじめての恋』(福田裕子/作  高橋幸子/監修)

小学5年生女子たちの初恋模様を描いた物語形式の性教育本。ダイエットや生理の悩みといった普遍的なことから、性交の同意についてといった踏みこんだ内容まで網羅されています。2022年の小学中~高学年向け性教育本としては適切な内容であると思われます。ぜひ、小学校の学校図書館には置いておいてもらいたいです。
この手の教育要素が先行した本は、物語の部分に魅力がなければ子どもからは見向きもされません。その点この作品は、恋愛小説としてベタ甘で読みやすいので、多くの子どもが手に取ってくれそうです。例として、大人びたクール女子津森千秋が主役を務める第四章の内容を紹介します。結末まで触れるので、未読の方は自己判断で読んでください。
千秋が気になっているのは、無口な芸術家肌の男子二ノ宮梨久。自分の世界を大事にしてる二ノ宮くんに対し、千秋はその領域を侵さないように節度を持ちつつ接近していきます。運動会の横断幕をふたりで作成したことが、千秋が二ノ宮くんに接近するきっかけになりました。そのときはふたりのあいだでほとんど言葉は交わされませんでしたが、千秋はふたりで過ごす時間を「その沈黙はちっとも息苦しくない。/二ノ宮くんの世界でひなたぼっこをしているような、/そんなふしぎな心地のよさを感じた。」と肯定的に捉えていました。その後、図工の時間でお互いの顔を描くという課題が出されたときにペアになり、どこかミステリアスな会話を二ノ宮くんと交わせるようになり、さらに距離が縮まります。そして千秋は、休日に美術館に行く誘いを受けます。千秋は美術館デートだと盛り上がり、実際それはロマンチックな雰囲気で進行します。ついに千秋は自分の思いを告白することを決意します。
わたしのようなうっかり者の読者は、これは完全にチェックメイトだと思ったことでしょう。そう、物語の美しさに夢中になって、この本の主眼は恋愛小説ではなく性教育であることを忘れていたうっかり者の読者は。



うん、わかるよ。いまの時代は、こういうことも想定しなければならないということは。それにしても千秋はいい子すぎませんか。繊細な子との距離の詰め方の誠実さ。そして、そのできごとの後も、一時はショックを受けて二ノ宮くんから離れてしまうものの、最終的には小学5年生としては満点の対応をします。どうにもならないことはどうにもならないということはもちろん理解できます。だからこそ、千秋の今後の人生によい報いがあることを願わずにはいられなくなります。