その他今月読んだ児童書

時をかける落語少年の受難を描く『落語少年サダキチ』の待望の約3年ぶりの新刊が登場。少しブランクがあっても、田中啓文のギャグセンスと語り芸、鯉沼恵一のタイポ芸は相変わらず高いレベルを維持しています。
今回忠志は、短時間で三題噺を考えるよう強要されたり、怖がりなのに肝試しの前に怪談話をするように強要されたり、無茶ぶりがひどくなっています。これでは江戸時代に逃げたくなるのも無理はありません。怪談がテーマになるので、朝倉世界一の描く様々な妖怪が拝めるのも嬉しいです。宮川健郎の児童文学論では「箱舟」が重要なキーワードとなっており、たとえば那須正幹の『ぼくらは海へ』などは「「箱舟」のなかでむかえる死」が描かれた作品であるとされています。
カラフル文庫の看板作家であった藤咲あゆなのポプラキミノベルのシリーズ「セカイのハテナ」は、パンデミック後の世界を舞台にしたディストピアSF。ウィルスのせいで早死にしてしまい大人がいなくなるため、子どもたちは学校にコミュニティを築いて生き延びています。「時の方舟」と題されたこの2巻では、子どもたちがどのように箱舟の中で死をむかえるのか(あるいはむかえないのか)という問題が主題となってきます。『幸せな家族』の鈴木悦夫の作品。ある家族のもとに腹話術師がやってきて家族の秘密を暴露しまくるという導入部から、不気味な世界に入っていきます。主人公のリリ子のパパの秘密は、ある宝物を盗み出す計画を立ててしたことでした。しかしパパにはそれを実行する気は全くなく、純然たる空想遊びとして楽しんでいました。リリ子はそのことを、「頭の中でなら、どんなことを考えてもいいと思った。うれしいこと、かなしいこと、きれいなこと、きたないこと、やさしいこと、いじわるなこと、まじめなこと、いやらしいこと、どんなことだって考えるだけなら自由だと思った」と評価します。リリ子は小学4年生ながら、内心の自由というものをきちんと理解しているわけです。物語は、内心の自由とそれを脅かそうとする暴力の戦いに発展していきます。尖ったテーマを実に薄気味悪く描いた、奇妙な味の作品でした。