『笹森くんのスカート』(神戸遥真)

ジェンダーフリー制服が導入された学校の物語です。スラックス制服の女子はちらほら見かけるようになったものの、スカートの男子はいない状況でした。しかし、夏休み明けにクラスの中心人物である笹森くんが突然スカートを穿いて登場します。笹森くん周辺の4人の生徒が交代して語り手を務め、最後に笹森くんが語り手になるという構成の連作短編です。
第1話の語り手は、汗っかきで悩んでいる男子篠原智也。学校内のカーストは異なるものの、なんらかの悩みを抱えているらしいという共通点から笹森くんのことが気になってきます。彼は一瞬、スカートの通気性のよさに思いを至らせます。しかし、自分がスカートを穿いてみるという選択肢は浮かび上がりません。この本によると、ジェンダーに関して先進的な教育をしている実験校でも、ジェンダーから逸脱できるのはスクールカースト上位の者に限られているそうです。スカート着用が笹森くんにできて篠原智也にできないのは、個人の問題ではなく、構造的な問題です。
篠原智也にはもうひとり気になっている子がいます。それは、ドラッグストアでバイトしていて、汗拭きシートを買いに来た篠原智也に親切な対応をしてくれた倉内さん。彼女は独善的な正義感を暴走させるタイプのようで、現在は笹森くんのことを「理解してあげなきゃ」とひとりで騒いでいました。この倉内さんに対する篠原智也の好意の持ち方が、もう怖くて怖くて。彼は、「独善的で傲慢」で「愚か」であるという理由で倉内さんに好意を抱いています。その裏には人と人が理解しあうことはできないという絶望があり、ゆえに他人を理解できると思い込める倉内さんの愚かしさを愛するというねじれがあります。人が人になんらかの感情を抱くことの暗部をここまで露悪的にえぐり出すとは、度肝を抜かれてしまいました。
第3話の語り手細野未羽は、現代の日本の多数派からは美しいとは思われない容姿の持ち主です。しかし彼女も強固なルッキズムに囚われていて、ルックス重視で"好きになりそうな男子リスト"を作成しています。そんな彼女に多数派とは異なるかたちのルッキズムと対峙させる展開も大胆です。
第4話の語り手を、第3話とは対照的にダサい丸メガネでデチューンして自分の美貌を隠している遠山一花にする配置が残酷です。メガネをつけられなくなったとたんに男に迫られて嫌な目に遭うのは、ホラーギャグとも受け取れます。

かわいい、なんと恐ろしい言葉だ。
そんな言葉一つで、何もかもが許されると思っているんだろうか。

各短編ごとにテイストを変え、いろいろな方面から斬りこんでいる、攻撃的な作品です。タイトルからジェンダーセクシュアリティが主題の作品であると受けとめられそうですが、そのほかにもルッキズムスクールカーストといった観点からも深掘りできそうです。様々な観点から議論されるべき作品です。