『住所、不定』(スーザン・ニールセン)

『ぼくだけのぶちまけ日記』に続き、カナダの児童文学作家スーザン・ニールセンの作品が岩波STAMP BOOKSから刊行されました。母親とふたりキャンピングカーでホームレス生活を送る12歳少年の物語です。主人公のフィーリックスは雑学に強く、観察力にも自信を持っています。でも、肝心なところに限って見抜くことができないアンバランスなところがあります。そんな彼は、高額の賞金が出るテレビのクイズ番組に出演することに一発逆転の望みをかけます。
序盤で明かされる母子の転落の様子が、ユーモラスに語られているだけに怖いです。母子は祖母の遺した家を売ってまあまあのマンションを手に入れて住んでいましたが、マンションが沈むという想定外のアクシデントが起こります。修繕費を払う余裕がないためマンションは二束三文で手放さざるを得なくなり、母の失業も重なって、どんどん状況が悪化します。そして、イエス様みたいなビジュアルの元交際相手から母が盗んだキャンピングカーでの生活に落ち着きます。こうした不幸の積み重ねで生活が詰むことは誰にでも起こり得ることで、他人事だと思ってすませることはできません。
フィーリックスが学校新聞のボランティアとして行動を共にする女子ウィニーとの恋が、物語の主軸のひとつになります。ウィニーは周囲のレベルにあわせることのできない子で、正義感の赴くままにほとんどの生徒に理解できない高度な社会派の記事を作成し続けます。ウィニーの母は医師で父が看護師、フィーリックスとはまったく異なる裕福な家庭で育っています。双方性格が尖っている格差カップルのラブコメが作中の空気のシリアス度を上げたり下げたりしながら、物語は進んでいきます。
福祉からは絶対に逃げなければならないという細田守的価値観を持っている母は、窃盗をはじめとして作中で無数の犯罪行為に手を染めています。最終的に警察のご厄介になった後、母は周囲から寛大な扱いを受けます。わたしは心が狭いので、これは甘やかしすぎではないかと思ってしまいました。しかし作品の最後で母がこうなってしまった理由が実にシンプルな言葉で説明されると、完全に納得しました。社会的弱者から信頼を得られなかった社会の側の方にこそ非があるのだから、弱者は寄ってたかって甘やかさなければならないのだと。